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2008年6月発行の本から。ガッツリ副シャン。結構イチャイチャ。

 午過ぎから降り出した雨はいつの間にか止んでいた。
「ベック」
 出港準備をしているベックマンのところにヤソップがやって来た。
「お頭が戻ってねえ」
 下船してから三日、船に赤髪の船長が戻ってくることは無かった。娼館に居続けをすることなど珍しくも無いが、其の所在をベックマンがキチンと確認していないことは珍しかった。シャンクスの腕を考えれば一人にしたところで別に心配は無いだろう、と自分自身への言い訳をしていたが、結局のところ一ヶ月前に停泊した港での出来事が尾を引いていることは間違いない。ベックマンは言い訳が言い訳になっていないことを誰よりもわかっていた。
 島周辺の潮の関係で出航は夜の予定だ。今夜出航できないと次の出航は明日の夜まで待たねばならない。そのことはシャンクスもわかっているはずだが。
 事務作業の殆どをベックマンが引き受けているとはいえ、海賊団の頭はシャンクスであり、シャンクス抜きで出航を決めることなど出来ない。
「……他の奴らは揃ってるのか?」
「ああ」
 ベックマンは煙草を咥えて火を点けた。
「迎えは?」
 ヤソップは肩を竦めた。
「オマエが行けよ」
「……見ての通り、俺は忙しい」
「お頭の不機嫌の原因はオメエじゃねえのか?」
「言いがかりは止せ……退屈しているだけだろう」
 ヤソップは「どうだかね」という顔をしてみせた。
「まあ、理由は何にせよ、機嫌の悪いお頭の迎えはオメエじゃねえと出来ねえ。出港準備なら他の奴らで充分だろう」
「……」
「それともう一つ、報告だ。近くの海域に海軍の軍艦が居るらしい」
「軍艦だと?」
「さっき報告が来た。ただの通りすがりならいいが、もしこの港に入るために潮を待ってるとしたら、出航を延ばすなんざ言ってられねえぞ」
 この島は軍艦の巡回経路には入っていないはずだ。
「タイミングが良すぎるな」
 島の誰かが海軍と通じているとすれば、直ぐにでも出航したい。
 やりあって勝てない相手ではないだろうが、こんな島の側で戦闘になれば、この街も少なからず被害を受けるだろう。戦うにしても、外海まで船を移動させる必要がある。
「わかったらさっさとしろ。あの人が騒ぎを起してからじゃ収拾つかねえ」
 出港準備の指示なら俺がやる、とベックマンからチェックリストを受け取る。
「……ヤソップ」
「あ?」
「後は頼む。状況を見て……必要なら出航してくれ」
「あいよ」
 ベックマンは素早く身支度を整えると、船を降りて街で一つしかない娼館に出向いた。
 
「居ない?」
「ああ、赤い髪のイイオトコだろう?今朝まで居たけど昼前に帰ったよ」
 オニイサンもイイオトコだねぇ、と婀娜っぽく身体を捻る娼婦が送ってくる秋波をやり過ごして、ベックマンは娼館を出た。
 シャンクスの行きそうな酒場や飯屋を探してみるが、どこも今日は来ていないと言う。
「ったく……何処に居るんだ」
 シャンクスは素人の女に手を出すことは無いが、親しくなると老若男女問わずにその家に入り込んでしまう。街に居てくれればまだしも、島の外れに住む漁師の家に居たこともあった。そうなると小さな島とは言え見つけるのは難しい。
 さてどうしたものかと考えていると、ちょうど店に入ってきた少年が話しかけてきた。この辺りの舗で買い物や掃除などを頼まれては小遣いを稼いでいるカッツェという少年だ。赤髪のクルーたちもたまに煙草を頼んだりしていたのをベックマンも知っていた。
「旦那、赤毛の船長さんを探してるんだって?」
「ああ、知ってるのか?」
 煙草に火を点けようとしたベックマンの手が止まる。
「俺、さっき裏通りで船長さんがアンジーと一緒に居るのを見たぜ」
「アンジー?」
「街娼さぁ。でもアンジーは最近賞金稼ぎの男に夢中なんだ。旦那たち、海賊だろう?」
 ベックマンの眉間にグッと皺が寄った。
「本当か?」
「さてね、噂だよ。アンジーは惚れっぽいから、ちょっと優しくされると直ぐ参っちまうんだ。だから、娼館のババァもアンジーは舗に入れねぇんだよ」
 娼婦が一々客に惚れてちゃ仕事になんねぇもんな、と一人前の口を利く。
「でも船長さんがアンジーと一緒に居たのは本当だよ。俺、あの人にアンジーには気をつけなって言ったんだ。なのに大丈夫だって笑って一緒に行っちまった。ねえ、案内してやろうか?」
 にっと笑った少年の掌にベックマンはコインを数枚乗せた。
「ちゃんと案内してくれたら倍やろう」
「毎度アリっ!ついて来な!」
 タタタッと軽い音を立てて走り出した少年の後を追う。
 シャンクスはわざと件の女と一緒に居るのだろう。あの男のことだ、面白がっているに違いない。
「まったく……」
 ここ数週間まともな戦闘がなかった。シャンクスが退屈していたのは知っているし、高だかウエストブルーの賞金稼ぎ如きがシャンクスを捕らえられるとは思えないが、状況が状況だ、騒ぎになる前にシャンクスを連れ戻さなければならない。
「此処だよ」
 指し示された宿はどう贔屓目に見ても繁盛しているとはいえない建物だった。
「アンジーはいつも此処を使ってる。二階の奥だよ」
「ごくろうさん」
 ベックマンが少年の掌に最初に渡した金額よりも少々多めの枚数のコインを乗せてやると、少年は嬉しそうに笑った。
「へへっ!またなんかあったら言ってよ!」
 そばかすだらけの顔でニッと笑った少年の顔は、どこか出会った頃のシャンクスを思い出させた。
 ベックマンが宿に入ろうと背を向けると、ギュッとサッシュを引っ張られた。振り向けばカッツェがサッシュの端を握り締めている。
「あの……」
「なんだ?」
 カッツェは言い難そうに口をパクパクと動かし、それからやっと声を出した、
「あのさ、アンジーは、あいつに騙されてるだけなんだ。
アンジーはバカだからさ、金が入ったら一緒になってやるなんて言われて……だから、その……」
 海賊の命を狙うことの意味を判っているのだろう。
 優しい子だ。ベックマンは口元を僅かに緩め、少年の頭にポンと手を乗せた。
「大丈夫だ。ウチの頭は女に弱いからな」
 ベックマンが宿の戸に手を掛けるのとほぼ同時に、銃声が響いた。



「オイオイ……無粋だなぁ」
 突然乱入してきた男たちにも顔色を変えず、シャンクスは女を抱えたままニヤニヤと笑みを浮かべた。
「余裕ぶっていられるのも今のうちだ。赤髪のシャンクス。もう直ぐ此処の港には海軍がやってくる。アンタを引取りにな」
「随分と準備がいいことで。だがわざわざ海軍に来てもらっても引き渡す相手が居ねえとあっちゃ、お前さんたちのメンツが立たねえんじゃねえか?」
「ああ、そうだな。だからアンタにはどうあっても捕まってもらわなきゃ困るんだよ!」
 男たちは一斉にシャンクスに銃を向けた。
「DEAD OR ALIVEの意味を知っているか?アンタの死体は高く売れるんだ」
「オマエらなぁ……俺はともかくオジョウサンにまで銃を向けるってのはよろしくねえぞ」
 シャンクスはとっくに女の身体を離していたが、狭い部屋の入り口を男たちが塞いでいて女は外に出られない。向けられた銃口に怯えてベッドの端で身を硬くしている。
「海賊がフェミニスト気取りか?」
「……オマエの仲間だろうが」
 リーダーらしき男がニヤリと笑った。
「……ッ!」
 銃声と同時にシャンクスは女を抱えてベッドから飛び降り、大剣を手に取った。
 低く唸るようなシャンクスの声。
 ゴトン、と何かが床に落ちる音に男たちが目を向けると、シャンクスの目の前に居た男の両手が床に転がっていた。腕を切られた男はそのまま呻き声を上げながら倒れこんだ。床が赤に染まる。
 シャンクスの大剣がいつの間にか鞘から抜かれている。
「オイオイ……シャツに穴が開いたぞコノヤロー」
 買った娼婦が奴らの仲間だとわかってはいたものの、いざ女ごと撃たれそうになったら自然と庇ってしまっていた。腹に熱い痛みを感じるのと同時にしくじったとわかったが、まあ、女を盾にして助かるよりよっぽど気楽だ。
「う、うわあああっ!」
 自分たちのリーダーが一瞬で倒されたことを知って悲鳴と共に男たちは引き金に掛けた指を引いた。
 


扉を蹴破ってベックマンが飛び込んだときには、賞金稼ぎは全て床に転がっていた。
「……よう、ベック」
 振り返った顔は返り血で赤く染まっていた。
「アンタ、何してるんだ」
 シャンクスの腹を染める赤が返り血でないことに気付き、ベックマンは顔を顰めた。
「遊びの代償にしてはちょっと派手じゃねえか?」
「……サービスしすぎたんだ」
 ニヤリと笑うシャンクスに、ベックマンは溜息を吐いた。
「小言は後だ。海軍が来る。さっさと逃げるぞ」
 血だらけの床の上では恐怖に顔を引き攣らせた女が震えていたが、怪我はしていないようだ。ベックマンは相手にせずにシャンクスを担ぎ上げ宿を出た。
 アレだけの人数を殺せば流石に騒ぎになる。直ぐにでも出航しなければと港に向かおうとしたとき、ベックマンを呼ぶ声がした。
「旦那!」
 声のほうを見ると、先ほどの少年が手招きしている。
「港はもうダメだよ。こんな島にいきなり軍艦が来たからみんなが珍しがって集まっちまってる」
「チッ、もう来てやがるのか」
 思っていたよりも潮が満ちるのが早かったようだ。
「旦那たちの船はもう出航しちまった。置いていかれちまったんだ!」
 街に被害が及ばないよう、相手を外海まで誘い出すつもりだろう。
「……ベック、船は?」
 肩に担いだ男が掠れた声で訊ねる。
「ヤソップに任せてある。アンタは自分の心配をしろ」
 船はしばらく戻って来られないだろう。とにかく落ち着くまでどこかに身を隠さねば、とベックマンはシャンクスを抱える腕に力を込めた。
 少年は入り組んだ路地を進んでいく。
「こっちから裏山に抜けられる」
 カッツェに案内されしばらく歩くと、街を抜けて裏山に出た。
 ベックマンは一旦シャンクスを下ろし、傷の具合を診る。弾は貫通している。当たり所は悪くないようだ。シャンクスの驚異的な生命力ならば死ぬことは無いだろうが、少々血を流しすぎている。ベックマンはサッシュで硬く縛り止血した。
「歩けるか」
「……ああ、大丈夫だ」
 掠れているが、答える声はしっかりしている。
「カッツェ、港の様子を見てきてくれないか?」
「わかった。旦那たちは此処を移動した方がいいよ、この上のほうに、普段は使われてない家があるんだ。隣の島の金持ちの別荘でさ、あそこなら海軍の奴らも勝手には中に入れないから」
 ちょっと山道を登んなきゃいけないけど。
 少し心配そうにシャンクスを見たカッツェに、シャンクスはニヤリと笑って見せた。
「大丈夫だ、こんなもん、かすり傷だからな」
「この道をずっとまっすぐ登っていけば、少しまともな道に出る。其の先にある屋敷だよ」
 直ぐに走り出そうとしたカッツェの腕をシャンクスが引き止める。
「カッツェ」
「なに?」
「アンジーは無事だ。……安心しろ」
 シャンクスの言葉にカッツェは頷いた。
「……えっと」
「ン?」
「……アンジーのこと、ありがとう!」
 早口でそう言ってカッツェは走って行った。

 

足場の悪い山道を歩いているうちに再び雨が降り出した。あっという間に霧が立ち込め、視界が悪くなる。後をついてくる男の荒い呼吸が酷く焦らせる。慎重に歩いているうちにドンドン雨が酷くなってきた。
ベックマンは男の顔を覗き込んだ。
「アンタ、大丈夫か?」
「……ああ」
 答える声に力は無く、ベックマンは煙草を取り出そうとし、止めた。
「お頭、こっちに掴まれ」
 シャンクスは僅かに躊躇したが、大人しくベックマンの肩に寄りかかった。
「悪ぃ」
「殊勝な事を言うのは止めてくれ、雨が酷くなる」
「……ククッ……」
 寄りかかる体温に少しだけ安心する。
 パラパラと葉を打ち付ける雨音を聞きながらしばらく歩いていたが、そのうちどうもおかしいと思い始めた。いくら不慣れと言っても、もうそろそろまともな道に出てもいい頃だ。それがいつまでたっても道に出ないどころか益々山深くなっていく。どうやら霧で道を見誤ったらしい。
 一応の処置はしているとはいえ、シャンクスは随分血を流している。早く雨の凌げるところで休ませたかった。ベックマンは立ち止まり、一旦シャンクスを木陰に座らせた。
「迷ったのか」
「ああ、すまん」
「いいさ……なあ、俺、自分で歩けるから」
「そんなフラフラで冗談じゃねえよ」
 ベックマンはシャンクスの傷を確かめ、止血の為の布を巻きなおす。
 銃弾は腹から背中に突き抜けていた。
 賞金稼ぎ如きが、赤髪のシャンクスの腹に風穴を開けるとは。シャンクスの首を獲れなくとも、それだけで充分名を上げられよう。
 もっとも、ヤツがそれを誰かに自慢することはもう出来ないが。
「すげえ、霧だな……真っ白だ」
「少し待ってろ、道を探してくる」
「……ああ」
 シャンクスは木に寄りかかり、目を閉じた。
 ベックマンの気配が遠ざかる。
 雨はそれほど強くないが、霧がじっとりと身体を濡らしていく。血を流しすぎたせいか、いつもは重さなど感じたことの無いマントが妙に重く感じられた。もしこのまま置き去りにされたらと、ふと考えてシャンクスは笑った。
 ベックマンは戻ってきたときにシャンクスが死体になっていたとしても、負ぶって船に戻ろうとするだろう。あの男の自分に対する執着を思ってシャンクスは苦笑する。まったく、愚かな男だ。
 無事に船に戻れたら、おそらく小言が待っている。眉間に皺を寄せ、腕を組み、低い声で「悪ふざけは大概にしろ」と言うだろう。
「お頭」
 声を掛けられて眼を開けた。
「アンタ、何笑ってるんだ?」
「ん?俺、笑ってたか?」
「ああ」
「クククッ……そうか」
 ベックマンは肩を竦め、シャンクスの腕を引いて立たせた。
「向うに屋敷が見えた。行こう」
 狭い、勾配のある道の上に建てられた古い家だ。風雨に晒された感じで、何処と無く荒れている。
 古びた洋館。蔦の絡みついた壁や柱、重厚な木の扉。
 温暖で雨の多い気候のせいか、庭は雑草が生い茂っている。庭は意外に広く、屋敷の傍には噴水つきの小さな池がある。噴水口には蔦が絡みつき、水は止まっていて水草や睡蓮の葉が浮いている濁った水面を雨が叩いていた。
 ベックマンは屋敷を見上げた。
 一階の窓は全て閉ざされていて中は窺えない。二階はペンキがはげたバルコニーが付けられていた。
 ベックマンがハッと顔を上げる。奇妙な気配を感じた。
「っ!」
 二階の窓にかけられたカーテンの隙間から、誰かが覗いていたような気がするが、直ぐに消えてしまった。
「……?」
「……どうした?」
「いや、……なんでもない」
 相変わらず霧は立ち込めているし、灯りもない。カッツェの話では普段は使われていないと言うことだったし、こんな状態で誰かが住んでいるとは思えない。見間違いだろう。
 ベックマンが入り口の扉を引くと、無用心にも鍵は掛かっておらず分厚い扉は動くことが億劫だというような音を立てて開いた。
「邪魔するぞ」
 意味は無いだろうと思いつつも、一応声をかけて中に入った。埃と黴の匂い。
 中は思ったよりも痛んでいない。定期的に手を入れているのだろう。これならば水を手に入れることも可能かも知れない。
 エントランスホールの床には埃が白く積もっていて、ベックマンの足跡だけが付けられていく。大きな扉があるが、ここにも人の気配は無い。ベックマンはホールにある階段を上がった。
 もしものことを考え、二階にある部屋の中から一番脱出しやすい部屋を選ぶ。
「水を探してくる」
「俺は酒がいいなぁ」
「アンタはさっさと寝ろ」
「ちぇっ……」
 一階のキッチンを探すと、酒や保存食が少し出てきた。井戸も使える。思っていた以上の収穫だ。手当てに使えそうなものを見繕い、二階に戻るとシャンクスは濡れた服をそのままにソファで眠っている。ベックマンは近付き、シャンクスの服に手を掛けた。
「……ん」
 眼を開けたシャンクスは思いがけず近くに居たベックマンに少し驚いたようだ。
「……服を脱げ。そのままで風邪でも引かれたら困る」
「あ?……ああ……」
 血と雨に濡れたシャツを脱がせ、傷口を新しい布で押さえる。
「食糧と水を手に入れた。食えるか?」
「ん、食う」
 そう答えたが実際口に運んだ量は、いつものシャンクスの食欲からすれば随分と少ない。それでもとにかく食べなければ傷を治せないことを経験上知っているのだろう。シャンクスは時折顔を顰めながら食糧を胃に詰め込んだ。
「食ったらさっさと寝てくれ。ソファではなく、ベッドで」
「添い寝はしてくれないのか?」
「アンタな……」
 呆れた声を出したベックマンにシャンクスは喉を鳴らして笑った。
「寝ろ」
 今度は大人しく横になったシャンクスを置いて、ベックマンは部屋を出た。人がいるようには思えないが、鍵がかかっていなかったことや先ほどの人影が気になる。
 二階の一番奥の部屋。さっき人影が見えた部屋と思われる部屋の扉を開ける。
「!」
 ベックマンの眼に入ってきたのは、部屋の正面に飾られた大きな絵だった。
「これは……」
 赤い髪、赤い瞳の青年。
 ベックマンは部屋に入って息を飲んだ。
 部屋中に飾られた大小の絵は、全て同じ人物をモデルにしているようだ。
 絵を見た瞬間、シャンクスがモデルかと思った。
 だが似ていると思ったのは一瞬だけだ。絵の中の少年はシャンクスよりずっと華奢だし、上品な笑みを浮かべている。大口を開けて笑うあの男はこんな笑い方はしないし海賊旗にも描かれている左目の三本傷は描かれていない。
 ベックマンは窓に近付きカーテンを大きく開いた。間違いない、先ほど自分が見上げたのはこの部屋だ。
「!」
 気配を感じて振り返った。
 シャンクスの気配ではない。
 銃を構え、ゆっくりと部屋の中を見回した。
「……!」
 部屋の隅の暗がりに置かれた椅子に、誰かが座っている。
 ベックマンに銃を向けられてもピクリとも動かない。
 様子がおかしいのに気付き、ベックマンはゆっくりと近付いた。
「……人形?」
 最初は死体かと思ったが、それにしては綺麗過ぎる。よく見れば、それは良く出来た等身大の人形だった。あれらの絵はこの人形をモデルにしたのだろうか。
 人形に触れると質のいい生地の服を着ていることがわかる。硬質な肌は白く磨かれ、瞳は赤い宝石だ。随分と高価な人形なのだろう。本来、こんな場所においておくようなものではないだろうに。
 まさか、さっき見たのはこの人形なのか。
「馬鹿な……」
 人形が勝手に動いたりするものか。
 しかしグランドラインにはカラクリが盛んな島もある。コレがグランドラインから流出したカラクリだとすれば、人が動いているように見せかけることは可能かも知れないが、だとすればそれはかなり高価なもので、こんな場所に置き去りにされているのは考え難い。
 やはり、先ほどの影は気のせいだったのだろう。
「赤い髪か……趣味が良いとは言えねえな」
 クスッと笑い、ベックマンは部屋を出た。念のために他の部屋も調べてみたが、人の気配は無い。
 部屋に戻ると、シャンクスはベッドで大人しく眠っていた。呼吸も安定している。
 ベックマンはシャンクスを起さないようにそっと額に手を当てた。ベックマンの手の冷たさが気持ちよいのか、シャンクスがフウと息を吐く。
 シャンクスはベックマンに比べるともともと体温が高いが、それでもいつもより熱い気がする。だが掌に伝わる体温がさっき触れた人形との違いを感じさせ、ベックマンを安心させた。
 

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