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火村誕。ショタアリス注意!
「…………遅ぇな」
時計を見ると既に時間は7時になっている。気がつけば部屋の中は真っ暗で、書き物をするために使っていたスタンドの明かりだけが煌々としている。
アリスが訪ねてくると約束した時間は午後2時。
アリスのことだからどこかで寄り道したりしているうちに時間の経つのを忘れてしまったということもある。現に火村も今の今まで論文を書くのに夢中になっていてこんなに暗くなっているのにアリスが来ないことに気がついていなかったのだから。それに車で来るといっていたので道が混んでいれば遅れることもあるだろう
しかし、それにしても遅い。これほどまでに遅れるならばいつもなら電話くらいしてくるのに、何の連絡もない。
まさか約束を忘れているのでは、と思いマンションに電話を入れても留守電になっているし、携帯に電話しても出ない。メールをしても返事も無い。
いい年をした大人と連絡が取れないからといって大騒ぎするのも気恥ずかしいけれど、そこはそれ、心配したくなるようなキャラクターが相手なのだから仕方が無い。目を離せば何をしでかすかわからないのは学生時代から10年以上経った今でさえ変わらない。
いくらなんでも遅すぎる、と8時になった段階で大家の篠宮夫人にアリスが来た時の為に言付けをしてから大阪に出向いた。入れ違いになってしまうこともあるかもしれないけれど、それはこちらが携帯を持っていればすむことだ
古いベンツの尻を叩いて大阪までたどり着き、マンションの駐車場に車を入れると、アリスの駐車スペースにブルーバードが止まっている。
「おいおい……まさか寝てるってんじゃねえだろうな」
わざわざ大阪まで出向かせて、自分はベッドで寝こけてるっていうんじゃただじゃおかねえぞ。
駐車場からエレベータで上がり、アリスの部屋に行く。チャイムを押してドアの前で待っている間に、どう言って苛めてやろうかと少しだけシュミレーションをする。
「…………」
出てこない。もしかして、車の故障か何かで電車で出かけることにしたとか?アリスの年老いた青い鳥ならばあり得る話だ。(火村の愛車だって人のことを嗤えない代物だけれど)
仕方が無いから合鍵を使って鍵を開ける。中は真っ暗で、足元もろくに見えないくらいだ。手探りで電気をつけると、玄関には見慣れたアリスのスニーカーが脱ぎ捨てられている。下駄箱を覘いてみたけれど火村の知っている限りのアリスの靴は全部そろっている。新しい靴を買ったか、……部屋にいるかだ。
火村はスニーカーの隣に多少くたびれた革靴を脱ぐと、さっさと上がりこんだ。
「アリス?」
リビングはまるで人気がなく、上着を脱ぐと少し肌寒いくらいだった。灯りをつけると、ローテーブルにはアリスが飲んだと思われる缶ビールの空き缶が2つとつまみの珍味の袋が置きっぱなしになっている。
「だらしねえなあ……」
言いつつも、火村も飲んだ後そのまま寝てしまうことはよくあるから人のことは言えない。
「アリス?寝てんのか?」
寝室のドアを開ける。ベッドの上がこんもりと盛り上がっている。やっぱり寝ていたのだ。こんな時間から酔いつぶれて寝ているなんていい身分だ。
灯りを点けたけれどベッドから出てくる様子はない。もしかしたら、具合が悪くて寝ているのかもしれない。少し声を小さくして声をかける。
「アリス?……・・!?」
ベッドに近寄って布団の中を覗き込んで、火村は絶句した。
「…………」
「ひむら……」
もぞもぞと這い出てきたのは、見たことのない子供だった。
いや、正確には見覚えはあるのだ。ただし、この子供の何年も後の姿だけれど。
「…………誰だ?」
「……ひ……火村ッ!!」
びっくりした顔のまま固まってしまった火村にガバッと子供が抱きついた。そのままわんわんと泣きながら火村にしがみつく。
「え?え?」
「火村ッ!俺……うっ……どうしようっ……どうしようっ……」
自分を「火村」と呼んで、しかもアリスに良く似た顔の少年。この子は一体誰なんだ?アリスの部屋で、アリスのベッドにいた。普通に考えればアリスの親戚か何かだろうけど、会ったこともない子が自分の名前を知っているわけが無いし、アリスがこの子を置き去りにしてどこかに行ってしまうなんてそんなことは考えられない。
泣きじゃくる少年の背中を撫でてやってとにかく泣き止むのを待つ。
泣きつかれたのか、落ち着いたのか、やっとしがみつく少年の力が緩んだので驚かさないように身体を離す。ベッドに腰をかけて少年の髪を撫でてやりながら顔を覗き込む。大きな瞳を縁取るまつげが濡れているのが愛らしい……なんて文学的に気取っている場合じゃない。
火村は、近くからしっかりと見て確信した。10年も片思いをして手に入れた恋人だ、たとえ顔が多少(?)若くなっていたとしてもわからないはずが無い。
「……アリス……お前、一体何があったんだ?」
火村が自分を「アリス」と呼んでくれたことでほっとしたのか再び少年の瞳に涙がわきあがってくる。
「ま、待て、泣くな、とりあえず説明してくれ」
「う……わ、わからん。寝て……起きたら……こうなってて……」
アリスが言うには、昨日の夜野球を見ながらビールを飲んで、ほろ酔い加減でベッドに入った。別にいつもと何も変わらない夜だったし、朝起きたときも体調は別に悪くなかったという。
「ベッドから降りて、なんやいつもと視界がちゃうなって思おたけど」
背が小さくなっているのだから視界が違うのだ。ぼんやりとした頭のまま洗面所に行って鏡をのぞいて驚愕したのだという。もう20年近く見ていない顔がそこにあったのだから。
時々嗚咽を漏らしながらそう説明したアリスを呆れ半分困惑半分で見つめながら、火村はため息を吐いた。
「今までもさ、お前にはイロイロ驚かされてたけど、今回のは指折りだよな……」
「お、俺のせいやないっ」
いつもよりも高い声でアリスがそう叫ぶ。
話しているうちに気がついたのだが、どうも見た目だけではなく中身も幼くなっているようだ。火村のことも、仕事のこともちゃんと覚えているのだけれど話し方やしぐさがどうも幼い。話しているうちに何度も「あんなぁ」と甘えるように言うのは恐らくこの頃の口癖なのだろう。火村の知っているアリスには無い口癖だ。
「じゃあ、お前朝からずっとベッドにいたのか?」
「……うん」
だからリビングがあんな状態だったのだ。
「だったら昨日から何も食べてないのか?腹減ってるだろう?」
アリスは目をクルクルっとまわしてから少し考えて、うん、と頷いた。それと同時にググゥゥ~っとアリスの腹が盛大になった。食事どころじゃなかったから気がつかなかったけれど火村の顔を見て安心したのだろう急に空腹を感じたらしい。
恥ずかしそうにうつむいたアリスを苦笑しながら撫でてやって火村はキッチンに向かった。
「俺も飯まだだし、作ってやるから何か食べよう」
「…………あ…………、約束、すっぽかした……」
火村と約束していたことをやっと思い出したらしい。一緒に花見に行って、夜はちょっと奮発して料亭にでも行こうと話していたのだ。火村の誕生日も近いし、アリスが張り切って奢ると言っていたのに。
「ま、今回はしょうがねえな。事情が事情だし、不問に付してやる」
「ごめんなさい……」
しょんぼりしているアリスのは本当に子供で、火村は目を細めた。
まだ10歳くらいだろうか。長めの髪はふわふわとした猫ッ毛でアリスの小さな頭を包んでいる。うつむいた顔は色白で、今よりも少しふっくらとしている。
「いいよ、気にしてない。心配はしたけど、それでも怪我をしてるわけじゃないし、とりあえずは安心した。な、飯にしよう」
もともと子供に優しい火村は、幼くなってしまったアリスにも優しい。
「ほら、風呂に入ってすっきりして来い。飯作っておいてやるから。な?」
頷いてバスルームに向かう後姿はやっぱりいつもよりも小さかった。
冷蔵庫を開けると卵とハムと野菜が少しあったからオムライスを作ることにした。子供のアリスが何を好きなのかわからないけれど、子供の頃からオムライスは好きだったと聞いたことがあるのでこれならば食べられないことは無いだろう。
どうしてあんなことになったのか、そしてどうすれば元に戻れるのか。
料理をしながら火村は考える。アリスは別に変わったことをしていないと言っていた。原因がわからないなら治し方もわからない。寝て起きたら小さくなっていたなら明日になれば元に戻っているかもしれない。
だけど、もし、戻れなかったら……考えたくは無いけれど、もし戻れなければ子供になってしまったアリスはこのマンションで一人で暮らしていくわけには行かないだろう。仕事に関して言えばアリスの場合は姿かたちはそれほど関係ないので何とかなるはずだ。しかし生活していくうえでは本人でなければできない手続きなどがたくさんある。それはどうする?…………まあ、何とかなるだろう。世の中には裏道ってもんが山ほどあるんだ。
火村は料理をしながらぼんやりと考えていた。
バスルームのドアの開く音が聞こえる。
しばらくするとスリッパを引きずるようにしてアリスがキッチンにやってきた。
「オムライス」
テーブルに並んだ皿を見て、アリスがにっこりと笑った。今日初めて見たアリスの笑顔だ。
「そうだよ。ほら、ぼうっとしてないでサラダの取り皿運んでくれ」
食器棚から皿を出して水で漱いでテーブルに並べる。実家の母親が持ってきてくれた漬物があったからそれも冷蔵庫から出して、お茶を入れて2人でテーブルに着く。
「なあ、アリス。その姿って何歳くらいかわかるか?」
「ん~……たぶん、13歳くらいやと思う。ほら……ここに、傷があるやろ。これって中1の美術の授業中に彫刻等で切った痕なんや。かなり長いこと治らなくて、痕も2年くらい残ってたから良く覚えてる。3年生の時にはもう綺麗に消えてたから」
アリスが差し出した左手の中指に1センチほどの傷痕がある。赤黒く肉が盛り上がった傷は、細くて白い指の上で酷く目立つ。火村はアリスの手を取ると指先をそっと撫でる。ちらりとアリスを見てからすばやくアリスの指に唇を押し付け、傷に舌を這わせた。
「っつ……・」
アリスがびくりと指を引いた。困った顔で火村を見ると、火村は意地の悪そうな顔でアリスを見ていた。
「な、何してんのっ」
「何って、傷の具合を見ただけだよ」
ニヤニヤと笑いながらそういった火村を睨みつけながらアリスはスプーンを持ってオムライスを食べ始める。
顔から火が出そうだった。火村がこういう気障なまねをするのはいつものことで、大概アリスも慣れていたはずなのに。どうもこの姿でいると感情のコントロールが上手にできないようだ。まるで、初めて恋をする子供のように。
「うまいか?」
「…………うまい」
そりゃ良かった、と笑う火村を見てアリスは少し赤面した。火村はいつも、自分が作ったものをアリスがうまいというとすごくうれしそうな顔をする。アリスはそんな火村を見るとなんだかすごく愛されている気がして恥ずかしくなるのだ。2人は他愛も無いことを話しながら食事を続ける。
「13歳の割には身体が小さいな」
「うん。俺この頃ってチビやったから。高校入ってから急に伸びたんや」
中坊のときは背のちっこいのがコンプレックスやってん。いっくら外におっても日焼けせえへんし、なんちゅうかな~、この頃の俺ってこう、顔に精悍さってのがあらへんねん。と言うアリスの顔は、確かに男らしいという言葉とは程遠い顔をしている。たぶん、目が大きいのが原因だろう。
「でも顔はあんまり変わってない」
「ほっとけや。どうせ童顔や。スーツの似合わん顔や。へんっ悪かったなぁ」
「悪い?とんでもない。悪くなんて無いさ、むしろ助かってる」
そう言ってにや~ッと意味ありげに笑った火村は、食べ終わった皿を流しに下げた。
「助かる?俺が童顔やとなんで君が助かるねん」
「さあて、何ででしょうねえ?」
言え、言わない、を繰り返しながら後片付けを終える。風呂上りのアリスは、Tシャツに短パンを履いただけの格好だった。少年らしいまっすぐな手足が伸びている。春とはいえまだ夜は気温が下がるので、パジャマを着るように言ってからリビングに行く。散らかったままだったリビングを片付けて、ソファに座ると、アリスは火村の隣に座って首を傾けた。
「明日から、どうすればええんやろう……」
「まあ、とりあえず自然に戻るのを待とう。幸いお前の仕事はその姿でもできる仕事だし、ちょっとは様子をみてもいいんじゃないか?」
今夜はここに泊まり、明日どうするかは明日決めよう。北白川に帰ってもいい。ばあちゃんは小さくなったアリスを見たら腰を抜かしてしまうかもしれないから、アリスの甥っ子とでも言っておこうか。
珈琲を飲みながらそんなことを話し合う。酒が飲みたかったけれど流石にアリスに酒を飲ませるわけにも行かないので、火村も晩酌を我慢して風呂に入ることにした。
こんなことになってしまって本当に困っているのだけれど、火村は少し楽しくなっていた。
火村が見たことのない子供の頃のアリス。中身はそのままだとしても、それでも自分が知らなかったアリスをこの目で見ることができたことはうれしい。
「こんなに独占欲が強いとはな~。考えたことがなかったなぁ」
火村はため息をついてバスルームのドアを開けた。
風呂から上がると、アリスがリビングで眠っていた。テーブルを見るとビールの空き缶が転がっている。
「オイオイ……俺が我慢したのになんでお前が飲んでんだよ」
火村はぼやくとアリスの眠るソファの脇に座り込む。まだアリスが手をつけていないビールのプルトップを引き上げた。まだ冷たいままのビール。ソファに寄りかかり、アリスの顔を覗き込む。今日一日、ベッドの中にいても不安で眠ることもできなかったのだろう。すうすうと寝息を立てるアリスに僅かに微笑んだ。
そっと頬を撫でる。丸みを帯びた輪郭、白い頬はビールを飲んだためかうっすらと紅くなっている。
「アリス、風邪引くぞ」
寝息がかかるほどの近さでそう囁くと、アリスが身じろいだ。
「ん……火村」
「ほら、ベッドに行くぞ」
「あとで……・う……・ない……ええねん……」
「は?何が?寝ぼけてんのか?ったく……しょうがねえなあ」
モゴモゴと何か言っているアリスを無理やり起き上がらせたがぐにゃぐにゃなので、火村はそのままアリスを担ぎ上げた。いつもなら意識の無い男性を簡単に持ち上げることはできないけれど、今のアリスなら持ち上げられる。
足で乱暴に寝室のドアを開け、ベッドに下ろしてやると、アリスはもぞもぞと自分で布団の中に潜っていく。足を抱えるようにして丸まって寝る癖は今も変わらない。
火村はアリス少し押してスペースを作るとベッドに入る。いつもよりも小さなサイズのアリスを腕の中に抱え込み、髪に頬を寄せる。ふわふわの髪の毛が頬に当たって気持ちいい。
アリスの暖かな体温と自分と同じシャンプーの匂いを感じて火村は少し欲情した。
腕の中の小さな身体をしっかりと抱え込む。眠っているアリスに(しかも子供だ)手を出すのははばかられるので今日のところはあきらめるしかないけれど。
アリスが子供になってしまって、初めて不都合を感じたな、と火村は思った。
アリスがもともと童顔でいてくれてよかった。子供になったアリスに手を出すことにそれほど罪悪感を感じないで済む。
これでアリスが火村のことも何もかも忘れてしまって、完全に子供になってしまっていたらそれは流石に手を出すわけには行かないけれど、中身が大人なら別にいいだろう。(アリスは文句を言うかもしれないけれど)
今日はうっかり先に眠らせてしまったけれど、明日は簡単には眠らせないぞ、と火村は眠りに落ちる直前に妙な決心をしたのだった。
時計を見ると既に時間は7時になっている。気がつけば部屋の中は真っ暗で、書き物をするために使っていたスタンドの明かりだけが煌々としている。
アリスが訪ねてくると約束した時間は午後2時。
アリスのことだからどこかで寄り道したりしているうちに時間の経つのを忘れてしまったということもある。現に火村も今の今まで論文を書くのに夢中になっていてこんなに暗くなっているのにアリスが来ないことに気がついていなかったのだから。それに車で来るといっていたので道が混んでいれば遅れることもあるだろう
しかし、それにしても遅い。これほどまでに遅れるならばいつもなら電話くらいしてくるのに、何の連絡もない。
まさか約束を忘れているのでは、と思いマンションに電話を入れても留守電になっているし、携帯に電話しても出ない。メールをしても返事も無い。
いい年をした大人と連絡が取れないからといって大騒ぎするのも気恥ずかしいけれど、そこはそれ、心配したくなるようなキャラクターが相手なのだから仕方が無い。目を離せば何をしでかすかわからないのは学生時代から10年以上経った今でさえ変わらない。
いくらなんでも遅すぎる、と8時になった段階で大家の篠宮夫人にアリスが来た時の為に言付けをしてから大阪に出向いた。入れ違いになってしまうこともあるかもしれないけれど、それはこちらが携帯を持っていればすむことだ
古いベンツの尻を叩いて大阪までたどり着き、マンションの駐車場に車を入れると、アリスの駐車スペースにブルーバードが止まっている。
「おいおい……まさか寝てるってんじゃねえだろうな」
わざわざ大阪まで出向かせて、自分はベッドで寝こけてるっていうんじゃただじゃおかねえぞ。
駐車場からエレベータで上がり、アリスの部屋に行く。チャイムを押してドアの前で待っている間に、どう言って苛めてやろうかと少しだけシュミレーションをする。
「…………」
出てこない。もしかして、車の故障か何かで電車で出かけることにしたとか?アリスの年老いた青い鳥ならばあり得る話だ。(火村の愛車だって人のことを嗤えない代物だけれど)
仕方が無いから合鍵を使って鍵を開ける。中は真っ暗で、足元もろくに見えないくらいだ。手探りで電気をつけると、玄関には見慣れたアリスのスニーカーが脱ぎ捨てられている。下駄箱を覘いてみたけれど火村の知っている限りのアリスの靴は全部そろっている。新しい靴を買ったか、……部屋にいるかだ。
火村はスニーカーの隣に多少くたびれた革靴を脱ぐと、さっさと上がりこんだ。
「アリス?」
リビングはまるで人気がなく、上着を脱ぐと少し肌寒いくらいだった。灯りをつけると、ローテーブルにはアリスが飲んだと思われる缶ビールの空き缶が2つとつまみの珍味の袋が置きっぱなしになっている。
「だらしねえなあ……」
言いつつも、火村も飲んだ後そのまま寝てしまうことはよくあるから人のことは言えない。
「アリス?寝てんのか?」
寝室のドアを開ける。ベッドの上がこんもりと盛り上がっている。やっぱり寝ていたのだ。こんな時間から酔いつぶれて寝ているなんていい身分だ。
灯りを点けたけれどベッドから出てくる様子はない。もしかしたら、具合が悪くて寝ているのかもしれない。少し声を小さくして声をかける。
「アリス?……・・!?」
ベッドに近寄って布団の中を覗き込んで、火村は絶句した。
「…………」
「ひむら……」
もぞもぞと這い出てきたのは、見たことのない子供だった。
いや、正確には見覚えはあるのだ。ただし、この子供の何年も後の姿だけれど。
「…………誰だ?」
「……ひ……火村ッ!!」
びっくりした顔のまま固まってしまった火村にガバッと子供が抱きついた。そのままわんわんと泣きながら火村にしがみつく。
「え?え?」
「火村ッ!俺……うっ……どうしようっ……どうしようっ……」
自分を「火村」と呼んで、しかもアリスに良く似た顔の少年。この子は一体誰なんだ?アリスの部屋で、アリスのベッドにいた。普通に考えればアリスの親戚か何かだろうけど、会ったこともない子が自分の名前を知っているわけが無いし、アリスがこの子を置き去りにしてどこかに行ってしまうなんてそんなことは考えられない。
泣きじゃくる少年の背中を撫でてやってとにかく泣き止むのを待つ。
泣きつかれたのか、落ち着いたのか、やっとしがみつく少年の力が緩んだので驚かさないように身体を離す。ベッドに腰をかけて少年の髪を撫でてやりながら顔を覗き込む。大きな瞳を縁取るまつげが濡れているのが愛らしい……なんて文学的に気取っている場合じゃない。
火村は、近くからしっかりと見て確信した。10年も片思いをして手に入れた恋人だ、たとえ顔が多少(?)若くなっていたとしてもわからないはずが無い。
「……アリス……お前、一体何があったんだ?」
火村が自分を「アリス」と呼んでくれたことでほっとしたのか再び少年の瞳に涙がわきあがってくる。
「ま、待て、泣くな、とりあえず説明してくれ」
「う……わ、わからん。寝て……起きたら……こうなってて……」
アリスが言うには、昨日の夜野球を見ながらビールを飲んで、ほろ酔い加減でベッドに入った。別にいつもと何も変わらない夜だったし、朝起きたときも体調は別に悪くなかったという。
「ベッドから降りて、なんやいつもと視界がちゃうなって思おたけど」
背が小さくなっているのだから視界が違うのだ。ぼんやりとした頭のまま洗面所に行って鏡をのぞいて驚愕したのだという。もう20年近く見ていない顔がそこにあったのだから。
時々嗚咽を漏らしながらそう説明したアリスを呆れ半分困惑半分で見つめながら、火村はため息を吐いた。
「今までもさ、お前にはイロイロ驚かされてたけど、今回のは指折りだよな……」
「お、俺のせいやないっ」
いつもよりも高い声でアリスがそう叫ぶ。
話しているうちに気がついたのだが、どうも見た目だけではなく中身も幼くなっているようだ。火村のことも、仕事のこともちゃんと覚えているのだけれど話し方やしぐさがどうも幼い。話しているうちに何度も「あんなぁ」と甘えるように言うのは恐らくこの頃の口癖なのだろう。火村の知っているアリスには無い口癖だ。
「じゃあ、お前朝からずっとベッドにいたのか?」
「……うん」
だからリビングがあんな状態だったのだ。
「だったら昨日から何も食べてないのか?腹減ってるだろう?」
アリスは目をクルクルっとまわしてから少し考えて、うん、と頷いた。それと同時にググゥゥ~っとアリスの腹が盛大になった。食事どころじゃなかったから気がつかなかったけれど火村の顔を見て安心したのだろう急に空腹を感じたらしい。
恥ずかしそうにうつむいたアリスを苦笑しながら撫でてやって火村はキッチンに向かった。
「俺も飯まだだし、作ってやるから何か食べよう」
「…………あ…………、約束、すっぽかした……」
火村と約束していたことをやっと思い出したらしい。一緒に花見に行って、夜はちょっと奮発して料亭にでも行こうと話していたのだ。火村の誕生日も近いし、アリスが張り切って奢ると言っていたのに。
「ま、今回はしょうがねえな。事情が事情だし、不問に付してやる」
「ごめんなさい……」
しょんぼりしているアリスのは本当に子供で、火村は目を細めた。
まだ10歳くらいだろうか。長めの髪はふわふわとした猫ッ毛でアリスの小さな頭を包んでいる。うつむいた顔は色白で、今よりも少しふっくらとしている。
「いいよ、気にしてない。心配はしたけど、それでも怪我をしてるわけじゃないし、とりあえずは安心した。な、飯にしよう」
もともと子供に優しい火村は、幼くなってしまったアリスにも優しい。
「ほら、風呂に入ってすっきりして来い。飯作っておいてやるから。な?」
頷いてバスルームに向かう後姿はやっぱりいつもよりも小さかった。
冷蔵庫を開けると卵とハムと野菜が少しあったからオムライスを作ることにした。子供のアリスが何を好きなのかわからないけれど、子供の頃からオムライスは好きだったと聞いたことがあるのでこれならば食べられないことは無いだろう。
どうしてあんなことになったのか、そしてどうすれば元に戻れるのか。
料理をしながら火村は考える。アリスは別に変わったことをしていないと言っていた。原因がわからないなら治し方もわからない。寝て起きたら小さくなっていたなら明日になれば元に戻っているかもしれない。
だけど、もし、戻れなかったら……考えたくは無いけれど、もし戻れなければ子供になってしまったアリスはこのマンションで一人で暮らしていくわけには行かないだろう。仕事に関して言えばアリスの場合は姿かたちはそれほど関係ないので何とかなるはずだ。しかし生活していくうえでは本人でなければできない手続きなどがたくさんある。それはどうする?…………まあ、何とかなるだろう。世の中には裏道ってもんが山ほどあるんだ。
火村は料理をしながらぼんやりと考えていた。
バスルームのドアの開く音が聞こえる。
しばらくするとスリッパを引きずるようにしてアリスがキッチンにやってきた。
「オムライス」
テーブルに並んだ皿を見て、アリスがにっこりと笑った。今日初めて見たアリスの笑顔だ。
「そうだよ。ほら、ぼうっとしてないでサラダの取り皿運んでくれ」
食器棚から皿を出して水で漱いでテーブルに並べる。実家の母親が持ってきてくれた漬物があったからそれも冷蔵庫から出して、お茶を入れて2人でテーブルに着く。
「なあ、アリス。その姿って何歳くらいかわかるか?」
「ん~……たぶん、13歳くらいやと思う。ほら……ここに、傷があるやろ。これって中1の美術の授業中に彫刻等で切った痕なんや。かなり長いこと治らなくて、痕も2年くらい残ってたから良く覚えてる。3年生の時にはもう綺麗に消えてたから」
アリスが差し出した左手の中指に1センチほどの傷痕がある。赤黒く肉が盛り上がった傷は、細くて白い指の上で酷く目立つ。火村はアリスの手を取ると指先をそっと撫でる。ちらりとアリスを見てからすばやくアリスの指に唇を押し付け、傷に舌を這わせた。
「っつ……・」
アリスがびくりと指を引いた。困った顔で火村を見ると、火村は意地の悪そうな顔でアリスを見ていた。
「な、何してんのっ」
「何って、傷の具合を見ただけだよ」
ニヤニヤと笑いながらそういった火村を睨みつけながらアリスはスプーンを持ってオムライスを食べ始める。
顔から火が出そうだった。火村がこういう気障なまねをするのはいつものことで、大概アリスも慣れていたはずなのに。どうもこの姿でいると感情のコントロールが上手にできないようだ。まるで、初めて恋をする子供のように。
「うまいか?」
「…………うまい」
そりゃ良かった、と笑う火村を見てアリスは少し赤面した。火村はいつも、自分が作ったものをアリスがうまいというとすごくうれしそうな顔をする。アリスはそんな火村を見るとなんだかすごく愛されている気がして恥ずかしくなるのだ。2人は他愛も無いことを話しながら食事を続ける。
「13歳の割には身体が小さいな」
「うん。俺この頃ってチビやったから。高校入ってから急に伸びたんや」
中坊のときは背のちっこいのがコンプレックスやってん。いっくら外におっても日焼けせえへんし、なんちゅうかな~、この頃の俺ってこう、顔に精悍さってのがあらへんねん。と言うアリスの顔は、確かに男らしいという言葉とは程遠い顔をしている。たぶん、目が大きいのが原因だろう。
「でも顔はあんまり変わってない」
「ほっとけや。どうせ童顔や。スーツの似合わん顔や。へんっ悪かったなぁ」
「悪い?とんでもない。悪くなんて無いさ、むしろ助かってる」
そう言ってにや~ッと意味ありげに笑った火村は、食べ終わった皿を流しに下げた。
「助かる?俺が童顔やとなんで君が助かるねん」
「さあて、何ででしょうねえ?」
言え、言わない、を繰り返しながら後片付けを終える。風呂上りのアリスは、Tシャツに短パンを履いただけの格好だった。少年らしいまっすぐな手足が伸びている。春とはいえまだ夜は気温が下がるので、パジャマを着るように言ってからリビングに行く。散らかったままだったリビングを片付けて、ソファに座ると、アリスは火村の隣に座って首を傾けた。
「明日から、どうすればええんやろう……」
「まあ、とりあえず自然に戻るのを待とう。幸いお前の仕事はその姿でもできる仕事だし、ちょっとは様子をみてもいいんじゃないか?」
今夜はここに泊まり、明日どうするかは明日決めよう。北白川に帰ってもいい。ばあちゃんは小さくなったアリスを見たら腰を抜かしてしまうかもしれないから、アリスの甥っ子とでも言っておこうか。
珈琲を飲みながらそんなことを話し合う。酒が飲みたかったけれど流石にアリスに酒を飲ませるわけにも行かないので、火村も晩酌を我慢して風呂に入ることにした。
こんなことになってしまって本当に困っているのだけれど、火村は少し楽しくなっていた。
火村が見たことのない子供の頃のアリス。中身はそのままだとしても、それでも自分が知らなかったアリスをこの目で見ることができたことはうれしい。
「こんなに独占欲が強いとはな~。考えたことがなかったなぁ」
火村はため息をついてバスルームのドアを開けた。
風呂から上がると、アリスがリビングで眠っていた。テーブルを見るとビールの空き缶が転がっている。
「オイオイ……俺が我慢したのになんでお前が飲んでんだよ」
火村はぼやくとアリスの眠るソファの脇に座り込む。まだアリスが手をつけていないビールのプルトップを引き上げた。まだ冷たいままのビール。ソファに寄りかかり、アリスの顔を覗き込む。今日一日、ベッドの中にいても不安で眠ることもできなかったのだろう。すうすうと寝息を立てるアリスに僅かに微笑んだ。
そっと頬を撫でる。丸みを帯びた輪郭、白い頬はビールを飲んだためかうっすらと紅くなっている。
「アリス、風邪引くぞ」
寝息がかかるほどの近さでそう囁くと、アリスが身じろいだ。
「ん……火村」
「ほら、ベッドに行くぞ」
「あとで……・う……・ない……ええねん……」
「は?何が?寝ぼけてんのか?ったく……しょうがねえなあ」
モゴモゴと何か言っているアリスを無理やり起き上がらせたがぐにゃぐにゃなので、火村はそのままアリスを担ぎ上げた。いつもなら意識の無い男性を簡単に持ち上げることはできないけれど、今のアリスなら持ち上げられる。
足で乱暴に寝室のドアを開け、ベッドに下ろしてやると、アリスはもぞもぞと自分で布団の中に潜っていく。足を抱えるようにして丸まって寝る癖は今も変わらない。
火村はアリス少し押してスペースを作るとベッドに入る。いつもよりも小さなサイズのアリスを腕の中に抱え込み、髪に頬を寄せる。ふわふわの髪の毛が頬に当たって気持ちいい。
アリスの暖かな体温と自分と同じシャンプーの匂いを感じて火村は少し欲情した。
腕の中の小さな身体をしっかりと抱え込む。眠っているアリスに(しかも子供だ)手を出すのははばかられるので今日のところはあきらめるしかないけれど。
アリスが子供になってしまって、初めて不都合を感じたな、と火村は思った。
アリスがもともと童顔でいてくれてよかった。子供になったアリスに手を出すことにそれほど罪悪感を感じないで済む。
これでアリスが火村のことも何もかも忘れてしまって、完全に子供になってしまっていたらそれは流石に手を出すわけには行かないけれど、中身が大人なら別にいいだろう。(アリスは文句を言うかもしれないけれど)
今日はうっかり先に眠らせてしまったけれど、明日は簡単には眠らせないぞ、と火村は眠りに落ちる直前に妙な決心をしたのだった。
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