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27歳の二人。ハジメテ物語。

 アリスの携帯に三谷から連絡が入ったのはそれから1週間後のことだった。僅かに躊躇してから通話ボタンを押した。
『よう、この前は久しぶりに楽しかったで』
「うん、俺も楽しかった。なんや悪かったな、家で飲もうって言うてたのに」
 三谷は気にしていないと笑った。
『ところで、この前言うてたうちの支店のパンフレットの件なんやけど、直接会って具体的な話したいから今週あたり時間取れへんかな?』
「あ……え、えと、今週?ちょお待って……うんと、金曜とかどうや?」
『金曜?……あ~、俺その日は京都なんや。京都まで出てきてもらえるか?』
「かまへんよ」
 金曜ならば火村も翌日休みかもしれない。火村の都合がつけばそのまま泊めてもらってもいい。
『時間はどないする?飯でも一緒に食わへん?お前大学京都やって言うてたよな。美味いところ知ってるか?あんまり堅苦しくない方がいいな』
「ああ……和食でええか?それなら思い当たるところがあるから予約しとくわ。5時でええ?」
『5時やな。楽しみにしてる』
 どんなパンフレットにしたいのか簡単に話をしてから電話を切った。話している間も三谷におかしなそぶりはなかったし、アリスはやはり自分の考えすぎかと頭を掻いた。せっかく仕事を回してくれるというのに、変に勘繰って悪かったなと思ったとき、ふと火村の言葉が頭に浮かんだ。

     お前は自分に好意を持ってくれる相手に対してガードが甘くなるってわかってるか?

 そうだろうか?そもそも、アリスは自分に対してそういった意味で好意を持ってくれる人がそう多いとは思えない。学生時代も今も女友達はそこそこいるけれど、友達以上にはならない。火村に好意を持ってアリスに近づいてくる子は多かったけれど……
「ガードってなあ……」
 ぼそりと呟いたアリスに隣の席の松下が振り返った。
「ガードってなんや?」
「ん?あ~……ガードが甘いって怒られた。でもな~、なんでもかんでも疑ってかかるのもなあ」
 わけが判らない、と肩をすくめた松下は少し考えてからにやりと笑った。
「女か?お前面食いやからなぁ、美人局にでもだまされたか?」
「ちゃいます~」
 アホ言うな、とアリスが手を振ると「つまらんなあ」とぼやく。
「……なあ、ちょおへんなこと聞いてもええ?」
 アリスはあたりを見回してから同僚に頭を寄せた。
「ん?」
「男が男に対して『カワエエ』とか普通言うか?」
「……………………言われたのか?」
「え?あ、いや……お、俺やなくて……その……」
 モゴモゴと顔を赤くして口ごもるアリスを、松下はじっと見ている。
「あ~……まあ、仲がよければ冗談としてなら言うかもしれへんけど。俺やったら2人きりの時には冗談でも言わんな」
「そうか……」
「でもまあ言ったやつのノリの問題やないか。どうせ飲み会で言われたんやろ?」
「あ、いや、さぁ?お、俺が言われたわけやないからっ、わからへんわぁ~」
「ほおぉ?ああ、でもちゃうな、飲みのときに言われたらすぐ冗談て判るやろ?お前冗談の通じんやつやないもんなあ」
「お、俺が言われたんとちゃうって言うてるやんっ!」
 ジタバタと言い訳するアリスに周りの人間の目が集まる。首をすくめて二人は声を潜めた。
「ああ、判った判った。まあなあ、素面で2人きりのときに言われたら流石に引くけどなあ……身体触られたりはしてへんのやろ?」
「うん……ちょっと手が触れたくらいやし、心配する程やないって思うんやけど」
「…………」
「って、言うてたなあ、あいつが!あははははは」
「へぇぇぇぇ……ま、誰だか知らへんけどそこまで心配せんでも平気やろって言うといて。」
「おう、伝えておくわ……」
 仕事に戻ったアリスはチラリと隣に目を向けた。
 普通の反応はこうじゃないだろうか。確かにちょっと妙な雰囲気にはなったけれどそれはその場にいたアリスだから判ることで、アリスだって話を聞いただけなら松下と同じ反応をすると思う
 かわいいと言われたりちょっと手を触られたと聞いたくらいであそこまで過剰に反応する火村は、やはり心配しすぎだ。だけどそんな風に火村に心配されることが情けないと思うのと同時にちょっと嬉しかったりもする。
 期待させるなや、ホンマに。
 机に突っ伏したアリスを課長が呼ぶ。
「おーい有栖川、堂々と寝るなや」
 からかう口調にアリスはバツが悪そうに頭を掻いた。周りの人間から笑いが起こる。
「ね、寝てませんよ」
「あ~、課長かんべんしたって。若者は苦悩しとるんですわ。なんやモテモテで大変らしいですよ」
「ちゃいますて!」
「おお、そうか。ええな、若者は。でも仕事はせえよ~」
「もうっ、ちゃうて言うてるでしょ!」
 結局、其の日は帰宅するギリギリまでからかわれ続ける羽目になった。


 金曜日。
 気楽に食事が出来る方がいいというので、アリスは嵐山にある和風レストランを選んだ。それなりに見栄えはするし席ごとに仕切られているので気楽に食事が出来る。
「ええ店やな。雰囲気も良いし料理も美味い」
「やろ。周りに気ぃつかわんでええから時々来るんや」
「へえ……この前の友達と?」
 仕事の話も終え、三谷は肘をついて酒を飲んでいる。砕けた表情がリラックスしてくれているようで、アリスはセッティングした側としてホッと胸を撫で下ろした。
「ああ、火村?うん、京都やからな、あいつの職場は」
「へえ……大学時代の友達か?」
「学部はちゃうけどな。なんや腐れ縁っていうか。今は大学残って研究しとるんや」
「英都やろ?優秀やな」
 火村のことを褒められてアリスは嬉しそうに笑った。
「頭くるほど優秀やで。首席で卒業した。今はまだ助手やけどすぐに上に上がると思う。半端やなく努力しとるし、才能もあるんやから、あとは愛想だけやな」
「ふうん……なんや暗くてよう見えへんかったけど、男前やったな。顔も頭もええならモテるやろ」
 三谷がアリスの酒を勧めながらそう言った。袖を捲くった腕には一目でわかるほど高そうな時計をしていた。
「あ~、うん。めっちゃモテるけどあいつ女嫌いやから……なあ、それカルティエ?」
「ん?ああ。時計くらい良いものしとかないと格好つかへん言われてな」
 時計だけでなくスーツも靴も鞄も良いものばかりしていると思うけれど。アリスはええなあ、と笑った。
「三谷かてモテるやろう。チェッ、高校時代は普通のやつやったくせに、東京行ったらなんや垢抜けてもうて……其の上社長やもんなあ。あ~俺だけモテない子やあ」
 大げさに天を仰いだアリスに「何言ってんだ」と返しながら三谷は髪を掻き上げて眼鏡を直す。アリスは火村が髪を掻き上げる仕草を思い出した。
「何?」
 ついじっと見つめてしまったらしい。三谷がどうしたのかと問いかける。
「ああ、いやなんでもあらへんよ。なんやちょっとピッチが早いかも」
「そうか?まあ酔ったら送ってやるから大丈夫やで」
「あ、いや。今日は火村んとこ泊めてもらうから」
「…………随分仲がええな」
 三谷の声色が変わった。アリスは酒を持った手をテーブルに戻してチラリと三谷を伺う。顔には笑みが浮かんでいるけれど、なんだか妙な感じだった。
「そうか?普通やろ」
「なあ、俺は一度東京戻らなあかんのやけど、支店も作ることだししばらくこっちに住み込むことになりそうなんや」
 アリスは答えようがなくて曖昧な笑みを浮かべたまま頷いた。
「また会って、食事がしたいと思うんやけど。今度は仕事の話抜きで」
「…………そうやね、高校の頃のみんなを呼んで同窓会とかしたいな」
 アリスの返事を聞いて、三谷は僅かに唇の端を上げた。其の笑い方が少し火村に似ていてアリスはどきりとする。
「俺は2人でって意味で言うたんやけど」
「…………あの、三谷……」
「付き合うてるやつ、おるんか?」
「…………」
 アリスは一瞬テーブルの端においてあるパンフレットに目を走らせた。それを目ざとく見つけた三谷が苦笑する。
「言ったやろ、仕事の話は抜きや。支店のパンフレットが必要なのは本当やし、お前ならきちんと仕事をしてくれると思うから依頼した。それとこれとは話は別や」
「あ、いや……そんなんと違って……」
「火村ってやつと付き合うてるのか?」
「え?」
 そんな風に言われると思わなかったのでアリスは驚いて目をしばたかせた。
「ひ、火村とはそんなんとちゃう。……三谷はその……」
「俺はゲイや。っていうか、バイやな。男やないとダメってわけでもない」
 あっさりそういわれてどうしたものかと唸り声を上げる。
「う~……あのな、三谷。君は社長やろ?やったら滅多なこというたらあかんよ。俺がもし君の事を強請ったりしたらどうする気や?」
「有栖川が俺を脅すようなまねをすると思わない。それに俺はゲイであることを隠したりしてない」
 吹聴もしていないけれど。と三谷は笑った。
「そういうことやなくて……日本はまだそういうことには閉鎖的やろ?妙な噂が立ったりしたら会社にも影響出るんとちゃうか?」
「そうだな。だから言ってるやろ、吹聴してまわってるわけやないって。お前が俺を脅すとは思わないから言うたんや。ああ……やっぱり気持ち悪いか?」
 初めて、三谷が不安げな色を瞳の奥に見せたので、アリスは手を振って否定する。
「いや、気持ち悪くはない。ええと、あんまりあっさり言うからびっくりはしたけどな」
「俺は大学の頃に会社を立ち上げた。7年や。まだ青臭いガキが会社を経営しようっていうんやから、順風満帆ていうわけにはいかんかったし、いろんなやつが近づいてきた。俺が何とか此処まで会社を大きく出来たのは、人を見る目があったからだって自負しとる」
 そう言う三谷の表情は自信に満ちていて、アリスは黙って頷いた。きっとそうなのだろう。そして、三谷はわかっていないけれど三谷自身にも彼の力になる人間を引き寄せる力があるのだ。
「お前が俺を気持ち悪いと思うなら、それは仕方がないと思うけれど、でもそれでもお前は俺を強請るようなまねをするようなやつやない。お前は人を陥れるとかそういうコトには向いてない」
「それは……有難う」
 アリスは照れくさそうにうつむいて小さく礼を言った。三谷が笑う。
「話を戻してもええかな?」
「え?」
「だから、口説き文句に話を戻してええか?」
「口説き……あ……」
 耳まで赤くしているアリスに、三谷が「お前はかわいいな」と言った。気障な言い方だったけれど三谷が言うと自然に聞こえた。
「あのっ……どうして俺なんや?三谷は男前やし、も、もっと他にもおるやろ?再会してからまだ2度目やで?」
「ああ……実を言うとな高校の頃、お前のこと好きやってん」
「ええっ!」
「はは、俺はあの頃からバイやったんやけど、さすがにまだ高校生やろ、人には言えへんやん。出来るだけ目立たんようにしてたし。結局言えへんまま東京の大学行って、あっちで恋人作った」
 流石に高校時代からずっとアリスだけを好きだったわけじゃない。男の恋人もいたし、女の恋人もいたと言う。
「あの日偶然入った店でお前を見て、すぐに有栖川やって判った。ホンマは最初そんなつもりなくてな、ちょっと昔話したくてテーブルに誘って、話してみて思うた。あ~、やっぱりコイツのこと好きやなあって」
「…………わ、わからん……あの会話の何処にそんな要素があんねん」
 ポカンとしたままのアリスに三谷が苦笑する。
「なあ、今付き合うてるやつがおらんなら、俺のこと考えてくれへんか?」
 真剣な顔でそう言われて、アリスは眉を下げた。
「あの、俺な、付き合うてるやつはおらんけど、す、好きなやつはおるんや。やから……」
「でもあいつはゲイじゃないやろ?」
「…………あいつ?」
「お前が惚れてるのは、あの火村ってやつやろう?」
 そう断言されてアリスは押し黙った。ウソを吐くのは簡単だ。違うと一言言えばいい。
「…………そうや」
 アリスの答えに三谷はやっぱりな、とため息を吐いた。
「何も今すぐ俺を好きになってくれとは言わへんよ。やけど、男がダメってわけじゃないんやろ?やったら考えてくれ。俺はお前が俺のことを好きになってくれるのを待つから」
 テーブルの上に置かれたアリスの手を、三谷が握った。アリスは一瞬ビクリとしたけれど、手を引っ込めるのは三谷を傷つける気がして出来なかった。
「火村を諦められへんかもしれへん。君を好きになれるかわからへん。どれだけ時間がかかるかわからへんのに待つっていうんか?」
 呆れ顔のアリスに、三谷は苦笑する。
「それは有栖川も同じやろ?彼に振り向いてもらえるかわからへんのに」
 アリスはヒョイと眉毛を上げて「そうやね」と笑った。
「俺の想いが通じるかどうかは問題やない。そりゃ、もし火村が……俺のことを好きになってくれたらそれは嬉しいけど。俺は今のままでええと思ってる。あいつの隣にいられるなら、それでええ」
「…………」
「三谷が俺を好きやって言ってくれたのはすごく嬉しい。ありがとうな」
 アリスは三谷の手をゆっくりと優しく外した。手の甲に残る三谷の暖かさがなんだか不思議だった。
「苦しくないか?そんなのは」
「苦しくてもええねん。それは俺が火村を好きな証拠や」
「女嫌いっていっても、いつか彼は結婚するかもしれない。そうしたら、彼の隣にいるのは別の誰かや」
「うん、そうやね」
 アリスはにっこりと笑った。
「君は俺をアホやって思うかもしれへんけど、俺は彼にそういう人が現れたらええと思うんや」
「だって、お前……」
「彼が本気で愛せる人が現れたらええ。火村の側で、火村を守ってくれる人があいつには必要や。俺が……その誰かになれたら幸せやけど、別の誰かでもええ。火村が幸せなら」
「よくわからないな」
「はは……いろいろ複雑なんや、あいつは。ややこしい男でな」
「ああ、ややこしそうだな、ああいうタイプは。俺の方がええで?」
 からかうようにそう言った三谷にアリスは噴出す。
「なあ、俺は本気やぞ。その気になったらいつでも連絡してくれ。東京にいようが地球の裏側にいようが迎えに来るから」
「わあ、壮大な話やね!」
「茶化すな、阿呆」
 自分を振った人間のために笑ってくれる三谷の優しさがアリスはありがたかった。


 久々に母校を訪れたアリスが火村の所属する研究室を訪れると、教授は出張で留守。時間も21時を回っていたのでもう研究室には火村しか残っていなかった。
「よう。用事は済んだのか?」
 行き違いになると困るからと研究室に電話をしてあったので、アリスが訪れたときには火村は仕事をほぼ終えており、帰り支度をしているところだった。
「うん、飯食っただけやし」
 そう答えたアリスの視線が、微妙に落ち着かなかったのを火村は目ざとく見咎めた。
「へえ?で、誰と?」
「だ、誰って……取引先の……」
「ウソだね。お前、この前のやつと会っただろう!」
「な、なんで……」
 顔に出てんだよ、と呆れ顔の火村にアリスはしょんぼりと項垂れた。
「で?もう心配かけないんじゃなかったのか?」
「仕事の依頼なんやから仕方ないやろう?酒は飲んでへん」
 腕組みをした火村と項垂れたアリス。学生時代にはよく見る構図だったけれど……(いや、最近でもよく見る構図だ)
「取引先ってのは嘘やない。三谷の会社の大阪支店のパンフレットを俺のところで注文してくれるって言うから……」
「そんなの誰か他のやつにやらせろよ」
「そんなわけにいかんやろう?印刷会社は他にもいろいろあるのに、俺がおるからってわざわざ注文してくれてんで?」
 火村は大きくため息をついた。
 確かに、仕方がないことだ。仕事は仕事、火村だって会いたくない相手に会わなければならないことはしょっちゅうだし、時には食事をすることだってある。
「まあ、仕方ないか……でも飲みに行くときは他のやつも一緒に連れて行くとかしろよ。それと、絶対部屋には入れるな」
「判ってる」
 アリスは素直に頷いた。
 結局火村はアリスが心配なだけだし、アリスだって火村がそんなにアリスのことを考えていてくれるのはうれしい。だって、まるで、ヤキモチを妬いてくれているようじゃないか。
「火村もう帰れるんか?」
「ああ。教授が出張だとさ、余計な仕事回されないから段取りよく仕事が進むんだよな~」
 段取りよく進んでこの時間とは、いつもは一体何時になっているんだろう。グルグルと肩をまわしている。疲れているのだろう。
 戸締りをして研究棟を出る。火村は学生時代と同じく自転車で大学に通っている。
「二人乗りなんて久しぶりや~」
 アリスが嬉しそうな声を上げた。そういえば、卒業以来二人乗りなんてしていないかもしれない。
「ほら、つかまってろよ。俺だって人を乗せんの久しぶりなんだから」
 火村は自転車をこぎながら、背中に感じるアリスの感触に頬を緩めた。風が冷たいのかしっかりと自分にしがみついてくるのが嬉しくて、ついゆっくりと自転車をこいでしまった。
 下宿に付くと、いつもは灯りが灯されている玄関が真っ暗だった。
「あれ?ばあちゃんは?」
「俳句仲間と旅行だってさ。温泉行ってる」
「ふうん……」
 中に入るとすぐに奥から猫が飛び出してきた。ばあちゃんの飼い猫のハナだ。老齢だけれど綺麗な猫でとても頭がいい。火村の足に擦り寄ってしきりに鳴いている。お腹が空いているのだろう。
「ただいま、待ってろ、すぐ飯やるから」
「あ、俺やりたい」
 アリスはハナと仲良くなりたくて、此処を訪れた時には出来るだけご飯をあげる役目を買って出ている。
「ばあちゃんの台所のいつものとこにあるから」
「うん」
 アリスが台所に行くと、ハナはすぐに理解したのかトテトテと付いてきた。
「ご飯やぞ~」
 皿にアリスが餌を乗せてやると、喉を鳴らしながら嬉しそうに食べ始める。
「へへ、だいぶ慣れてくれたな~」
 ハナは人見知りが激しくて、初めの頃はアリスだけだと警戒して中々食べてくれなかったものだけれど。火村以外の下宿生たちにもあまり懐いていなかった。いつもばあちゃんか火村の側にいて、アリスを余所者みたいな目で見る。だから、余計に仲良くなりたかったのだ。初めてハナがアリスの寝ている布団に入ってきたときアリスは嬉しくて嬉しくて明け方まで眠れなかったくらいだ。
 食べ終わるのを見届けて、アリスが火村の部屋に向かうとハナも一緒についてきた。
「お、ハナも来たのか」
 ハナはもぞもぞと炬燵の中に潜り込んだ。アリスもコートを脱いで炬燵に入る。微かに触れるハナの毛並みがさわさわと気持ちいい。
 火村は珈琲を入れて炬燵机の上に置くと自分も炬燵に入る。
「こら、ハナ。もっと端に寄れよ。狭いんだからな」
 火村が布団を上げてそういうと、ハナはめんどくさそうに端っこに寄った。
「利口な猫やなぁ」
「まあな、よく言うことを聞くよ。どっかのぼんやりしたのとは大違いだ」
「誰のことや?」
「さあ?」
 火村はにやりと笑った。
「で?どうしたんだ」
「何が?」
「あいつに会ったのを隠そうとしてた理由。何かあったんだろう?」
 アリスが小さく息を呑んだ。火村はただじっとアリスを見ている。話したくなければ話さなくていい、ということだろう。
「…………あんな…………三谷に、その……口説かれた」
 そんなことだろう、という顔つきで火村が盛大なため息を吐く。
「まさか、仕事の注文と交換条件とか言わねえだろうな?」
「違う。そういうやつやないよ、仕事は仕事や。それは別件としてって言われたし。もちろん断ったで?でも、この前のこともあったから一応報告しておこうと思って」
 火村はフム、と唇を撫でた。
「でもな、やっぱり三谷はええやつやったよ。ちゃんと断ったらちゃんと判ってくれたし。これからは友達として付き合うていこうて」
 少し不満そうな顔だったけれど火村は結局何も言わなかった。
「輸入会社だっけ?」
「うん。アジアの家具を中心に輸入してるんやって。雑貨なんかも扱ってるらしいけど。大阪に支店を出すんやって」
「ふうん……俺たちの年で支店まで出す会社の社長か。経営の才能があったんだな」
 珍しく火村が褒めたものだから、アリスはにっこりと笑った。火村に褒められる友達がいることは誇らしい。
「火村の話もしてたんやで。英都で助手してるって言ったら感心してたで」
 火村はフンと鼻で笑った。
「冗談だろ?助手くらいで感心なんかするもんか」
「そんなことないで?優秀な男やって言うといたからな」
 バカ、と小突かれて、それでもアリスは笑っていた。



 翌年の春。火村は28歳で英都の最年少講師となり、同じ年にアリスは作家デビューをすることになる。

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