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2004年発行の「Still echo」から再録。おバカでラブラブ

アリスが火村の研究室を訪ねると、研究室の扉の前でなにやら学生たちが集まっていた。アリスは見知った学生の顔を見つけると小声で話しかけた。
「どないしたん?こんなとこに集まって。火村おらへんの?」
「あ、有栖川さん・・・こんにちは。いえ、いらっしゃるんですけど・・・ちょっと・・・」
「??」
 何だ?と思いながらドアに手をかけると中から怒鳴り声が聞こえてきた。
「ですから!火村先生が行かへんと意味がないって言うてるんです!!」
「だから俺は嫌だって言ってるだろうが!」
「嫌だ嫌だで通ると思ってるんですか!子供じゃあるまいし!」
「そりゃ仕事なら我慢するさ!」
「付き合いってもんがあるでしょう!」
「あんな奴と付き合う必要ねえ!!」
 ぎゃあぎゃあと廊下にまで聞こえる怒鳴り声の主はどうやら火村と助手の神崎青年らしい。
 それにしても、火村があそこまで嫌がるとは一体なにがあったんだ?
「有栖川さん、中入って様子見てきてもらえませんか?」
 学生の一人がアリスの腕をがっちりとつかんだ。
「・・・え・・・い、いややぁ」
「お願いしますよぅ!レポートの提出今日までなのに・・・」
「せ、せやって・・・怖いやん・・・」
 わらわらと学生がアリスの周りを取り囲む。火村がレポートの提出期限に厳しいのは有名だ。既に学生課は閉まっている時間なので直接提出するしかない。だけどこの状態でこのドアを開ける勇気がある学生は、この中にはいない・・・
「有栖川さんしかおらへんのです!火村先生も有栖川さんがきたら機嫌ようなるかも!」
「そんなことあらへんよ。つうか、余計機嫌悪なる可能性のほうが高いで?」
 半泣き状態の学生たちにすがられてたらたらと汗を流しつつ言い訳してみる。アリスだって機嫌の悪い火村の相手をするのはごめんだ。学生ならともかくアリスが相手なら火村の暴言は勢いを増すかも知れない。
正直・・・怖い・・・
「「「お願いします!!」」」
「・・・・・うう・・・はい」
 
 
 学生たちに泣きつかれてしぶしぶ研究室のドアをノックした。
「ああ?誰だ!!!」
 びくぅっ!っと肩をすくめて硬直したアリスの背中を学生がちょいちょいとつつく。
「え・・・と・・・俺やけど・・・・は、入ってもええかな?」
 そおっとドアを開けて隙間から顔を覗かせる。腕を組んだ火村と、腰に手を当てた神崎が向かい合っている。アリスは両者に同時に顔を向けられて引きつった笑顔を浮かべた。
「アリスか。入れよ」
 心持ち火村の口調が和らいだのを感じ取ってアリスは肩から力を抜いて部屋の中に入る。
 アリスが来たことで神崎も少し興奮から覚めたらしく「お茶入れます」と簡易キッチンに向かった。
「えと、外で学生たちが待っとるよ?なんやレポート提出に来たらしいけど」
 ソファに腰掛ながらアリスが言うと、火村はやっと自分たちが大声で喧嘩をしていた事実に気がついたらしい。
「ん?・・・ああ・・・そうか・・・」
 すたすたとドアに向かうとガチャリとドアを開ける。中の様子を伺っていた学生たちが一斉に倒れこんできた。
「何をやっているんだ?」
「あ、あはは・・・レポート提出に来ました・・・」
「わかった」
 仏頂面のまま手を差し出した火村に、レポートを渡した学生たちはアリスに向かってぺこりと頭を下げた。ヘラヘラと学生に手を振っていたアリスは火村にジロリとにらまれて頭を掻く。あまり調子に乗っていると怒られるから気をつけなくては。
 学生たちが解散したのを確認して、火村はアリスの座っているソファにドカッと腰をかけた。長い足を組んでフン、と鼻を鳴らす。
「一体どないしたんや?あんな大声出して」
 やりたい放題やっているように見える火村だが、結構周りに気を使っている。よっぽどのことがなければ怒鳴るなんてことはないし、ましてや神崎は火村の大学での仕事には欠かせない人材なだけに滅多なことでは怒鳴るなんてことはしない。
 火村が怒鳴るのは、大体においてアリスが何かをしでかしたときだったりする。
「・・・・・・別に」
「別にってことないやろ?君が俺以外に怒鳴るなんて珍しいやん」
「それがですね・・・・・・」
 向かい側のソファに座った神崎が眉をひそめて話し始めた。
 火村の天敵ともいえるK大の小谷教授が本を出版するらしい。その本の出版記念パーティに火村が招かれたのだ。しかし、それを火村が渋っているらしい。
「先生がパーティとか嫌いなのは知ってますけど、でも付き合いってものがあるでしょう。英都大の代表として招待されたんですから行かないわけにはいかないんですよ。それをいつまでもウダウダと・・・・」
「じゃあ神崎君が行けばいい。君も一度あいつの相手をすれば俺がどうしてここまで嫌がるかを理解できるよ」
 再び火がつき始めた会話にアリスはオロオロと視線をさまよわせる。
「僕が行ったってしょうがないでしょう。あちらは火村先生をぜひ、って言ってるんだから」
「そんなもん知るかよ。大体、あの人専門は西洋史だろう?なんだって畑違いの俺が行かなきゃいけねえんだよ」
 神崎が入れた珈琲をグイっと飲もうとして、まだ熱かったのか火村は小さく舌打ちした。
「小谷教授の口利きでK大の資料室に入らせてもらってるんでしょう。ここで機嫌を損ねたら困るのは火村先生のほうです」
「ハッ。K大には他の伝手ができたからもうあいつに気を使う必要はねえよ」
 今までよっぽど我慢していたのだろう。ガシガシと頭を掻きながらそういった。
「だからって・・・義理があるでしょう。急に手のひら返したみたいに・・・」
「火・・・火村?なあ、パパっと行ってすぐ帰って来ることとかできへんの?」
 いつまでたっても終わらない言い合いに、アリスがそっと口を挟む。せっかく会いに来たのにこれではあんまりだ。
「それができるなら俺だって少しぐらいは我慢するさ。だけどな、あいつの前に行ったら最後、奴が語りつくすまで帰れねえ・・・あいつはしつこいんだよ」
 心底嫌がっているのがよくわかる。これはかなり手ごわい相手なのだろう。
「せ、せやけど、小谷教授の本の出版記念なら他にも挨拶せなあかん人が仰山おるやろ?君にべったりってわけにもいかんやろし」
 アリスの援護に勢いを得たのか神崎が身を乗り出してそうそう、と首を縦に振る。
「そうですよ、挨拶だけして、あとはそっと抜け出てきちゃえば・・・」
「甘い!!アレはな、常識とか、そういうもんからかけ離れてるんだよ。パーティ会場なんかで出会ってみろ、たちまちあることないこと言い出して、俺はあっという間に小谷英生にされちまう!」
 火村の発言の内容を考えて、アリスと神崎は一瞬の間のあと爆笑した。
「ぶはははは!!そりゃええやん。おもろいわ」
 先日の火村の誕生日に英都大に現れた小谷教授が満開の桜の木の下で火村にエンゲージリングを差し出したのは学内では有名な話だ。
バンバンと膝をたたきながら爆笑するアリスをにらみつけながら火村はうめき声を上げた。
「てっめえ・・・・・・」
「くく・・・せやったら・・・誰か女性を同伴しはったらどうです?」
 必死で笑いをこらえながら神崎が提案した。
 確かに、女性同伴で行けばいくら小谷教授がたわごとを並べ立てたところで妙な噂にはならないだろうし、何よりも火村が女性を連れていれば小谷教授への意思表示になるだろう。
 しかし、問題は火村の周囲には、パーティ会場に伴っても問題にならない女性がいない、ということだった。
「同伴って・・・誰を連れて行くってんだよ」
「火村先生なら選り取り見取りでしょう?」
 そりゃあ、一緒に行ってくれといわれれば二つ返事でついてくる人はたくさんいるが、それ以上のことを期待されても困るのだ。
「・・・・・・女の人、連れて行くんか?」
 アリスにとってそれは愉快なことではない。もちろん演技だとわかっていても、だ。
 ただ連れて行くだけでは意味がない。しばらくはパートナーの振りをしてもらわなければならないのだ。
「選り取り見取りったって、若い女性相手にそんなこと頼んだら、その人の経歴に傷がつくだろ」
「そんな、別に子供を産んだってわけやないし、誰かと付き合ってたからって傷になんてなりゃしませんて」
 確かに、誰かと付き合っていたことが結婚の障害になるとは思えないが・・・それでもやっぱり、親しくもない女性にそんなことを頼むのはよろしくないだろう。
「う~ん・・・」
「なあ・・・朝井さんにでも頼んでみる?俺頼んだるで?」
 アリスにしてみれば安心していられる最良の人選だろう。朝井は二人のことを知っているし、こういうことに喜んで首を突っ込んできそうなタイプだ。何より美人なので、火村が選ぶ相手として不自然じゃない。
「朝井女史ねえ・・・」
 まあ、彼女が引き受けてくれるなら、火村もかなり助かる。借りを作るにはいささか手ごわい相手ではあるが、この際会席料理くらいの出費は覚悟するしかあるまい。
「朝井女史と連絡取れるか?」
 上目遣いでそう言った火村に、アリスが苦笑しながら頷いた。
「うん。ちょお電話貸して」
 アリスは立ち上がって火村のデスクの上の電話を取ると、手帳をめくってから電話をかけ始めた。
「あ、朝井さん?どうも~、有栖川です」
『あら、アリス。久しぶりやないの。あんたから電話なんて珍しい。どないしたん?』
「あ~、ちょっとお願いがありまして」
『なに?高いで?』
 受話器からもれ聞こえてくるアルトの声に耳を傾けながら火村はため息をついた。これで朝井女史の都合がつかなかったらアウトだ。
 アリスが時折冗談を交えながらも要領よく事情を説明する。
『ぎゃはははは!!火村センセおもろいな~。ぜひ参加させて、その教授見てみたいわ』
「じゃあお願いできます?」
『ええけど、いつ?締め切り前やったら無理やで?』
 えっと・・・とアリスが振り返ると、神崎が「来月の3日です」と答えた。
「来月の3日だそうです」
『ん~・・・ええよ、大丈夫。そのころは締め切りもないし、空けとくわ』
「ありがとうございます~~」
『あははは、しっかしあんたらも毎回毎回おもろいネタ提供してくれるなあ』
「あんたらって・・・俺は今回関係あらへんし」
『何言うてんの?あんたがおらへんかったらセンセはさっさとその辺の女の子誘って行ったに決まっとるやんか』
「・・・・・・」
 真っ赤になって固まったアリスから受話器を取り上げると火村は朝井女史に話しかけた。
「どうも。すいません、無茶をお願いして」
『あらセンセ、なんやセンセ女の子だけやなくて男の人にもモテモテなんやてね』
「男にもてるなんて御免ですよ。アリスだけで手一杯でして」
「!!!」
 神崎が傍にいるのに何言ってんのや~~!!とアリスが火村の背中を思い切りひっぱたいた。
「いってぇ!!アリス!!」
『あははは、相変わらず仲ええね。ま、今回のは貸しやからね。私おいしいイタリアンが食べたいわぁ』
「わかってます。ご馳走しますよ」
 案の定な台詞に火村は苦笑しながら答えた。
『ほな、来月ね』
「はい、では」
 受話器を置いた火村が振り返るとソファではアリスがふてくされた顔をして座っている。
「何怒ってんだ?」
「・・・・・・別に」
 懸案が片付いてやっと余裕ができた火村がニヤニヤと笑いながらアリスの隣に座ると、神崎が珈琲のお替りを持ってきた。
「助かったよ、アリス」
「神崎君がかわいそうやったから手助けしただけや」
 はいはい、といいながら火村が珈琲を口に運ぶ。今度はすぐに飲める温度だった。
「よかったですね。じゃあ、招待状の返事出しておきますからね」
「ああ、頼む」
 やっと、研究室に平安が訪れた。




「ええっ!!!」
『ほんまごめんなさい・・・・・・』
 受話器から聞こえる珍しく殊勝な朝井の声に火村は愕然とした。
朝井小夜子、「急性虫垂炎」により緊急入院
 パーティを明日に控えた火村が受けた電話でそれを告げられた。
「そんな・・・・・」
『一昨日の夜急に痛み出して、救急車呼んだんよ。で、そのまま手術、入院・・・やから、ほんっまにごめんなさいっ!』
 まさか、こんなことになるとは思いもしなかった・・・・・・火村は呆然としながらつぶやいた。
「・・・・・・病気・・・替わって差し上げたいですよ・・・」
 力ない火村の声に朝井はかける言葉もなかった。



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