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2005年8月発行本より・学生時代で夏祭り。ラブい。でガッツリR18
京都の夏は暑い。
まあ本来夏は暑いものだろうけど。それでもやっぱり盆地は暑い。道を歩けば覆い被さるように響く蝉の声。街に緑が多いからだろうか。
大学が休みだからそんな暑い京都に来る必要はないのだ。エアコンの効いた涼しい実家でゴロゴロしていればいいのに。
「何しに来たんだよ……」
うんざりしているのを隠しもしない火村に、アリスは唇を尖らせた。大体、客が来たのに寝転んだままってどういうこと?
「なんやの。可愛い可愛い恋人がわざわざ会いに来たってんのに」
「ほーそれはそれは」
でも火村は知っている。この暑いのにアリスが余計に暑くなるような行為をさせてくれないことを。火村の部屋にエアコンでもついていればまあ考えてあげないこともないけどさ。それがアリスの言い分。
アリスは斜め掛けにしていたバッグを部屋の隅に投げ置いて、怠惰に寝転んだままの火村の頭の辺りにしゃがみこんだ。
「土産」
ひょい、と差し出したのは水羊羹。アリスの実家の近くの店で売っている其の水羊羹は、程よい甘さで火村の好物だった。
「お」
ニヤリと笑って起き上がった火村の背中をアリスがつま先で蹴る。
「君、そりゃお約束すぎやろ」
「そう?」
受け取った水羊羹を冷蔵庫にしまって、火村は麦茶をコップに注いで持ってきた。
「おもてなし」
「なんやねん、今更。俺様はご機嫌を損ねた」
「そりゃあ、暑さでだろう?」
「アホ」
アリスの後を通ってもとの場所に戻るとき、火村はするりとアリスの首に触れた。それはとても自然な動作で、アリスにはそれがわざとなのかそれとも通るのに狭かったから触れてしまったのかよくわからない。
「何変な顔してんだよ」
「……別に」
火村はヒョイと肩を竦めて座った。不審な様子はないからうっかり触れてしまっただけかな?
「なわけないだろ、バカ」
火村がいきなり手を伸ばしてきて、アリスの腕を撫でた。「えー……」
何其の顔。セクハラされたみたいに眉を顰めたアリスに火村の繊細な心は少しばかり傷ついた。
でもまあ火村にしてみても、この暑いのに昼間からするのはどうかと思ったから、とりあえずそれ以上は進めないことにした。
「それで、何しに来たんだ?京都は暑いから嫌だって言ってたじゃねえか」
実を言うと、それが理由でアリスが火村と会うのは10日振りだった。夏休みに入る前は毎日大学で顔を合わせていただけに、随分久しぶりな気がする。まがりなりにも人様に言えないようなことをしている仲なのに、夏の暑さに負けるってどういうことよ?
「君が大阪に来ればええのに」
俺んちエアコンあるで。
「お前んとこいると、おばさんのおもちゃにされるからヤダ」
アリスの母親は火村のことを気に入っている。そりゃもう『超お気に入り』と言うやつで、火村が有栖川邸に行くとアリスの部屋にまでやってくる始末。火村は別にアリスの母親が嫌いと言うわけではないけれど、どうもこう、いかにも大阪のおばちゃん的に押しの強いところが、苦手だ。顔は好みなもんだから余計にタチが悪い。抵抗できない。
「あー、おかんなー。止めようがないしなー」
「この前行ったとき抱きつかれたぜ」
「え!嘘ッ」
「嘘じゃねえし」
「ったく……あのおばはんは……」
流石に息子の方は母親の暴走気味の行動に少し恥ずかしげ。どうだアリス、普段のお前の行動で俺が恥ずかしい思いをしていることを少しは実感できたか?
「俺、あそこまで酷くない」
ああ、自覚がないのが問題なのか。火村は哀しげに首を振った。
「馬鹿にして!」
「してない。尊敬してるんだ」
「嘘」
「鋭いね」
「アホーッ!」
殴りかかってくるアリスの手をヒョイと捕まえて、火村はニヤッと笑う。
「……放して」
「なんで?」
「……なんかヤダ」
「ふうん」
パッと火村が手を放すとアリスは慌てて手を引いた。心なしか顔が紅いのは暑さからなのか照れからなのか。
「で?用件は?」
「用がなくちゃ会いに来たらあかんの?」
「いいけど。そういう発言するなら責任とれよ?」
ズズイっと火村はアリスに顔を近づけた。
「え……ええっと、あんな、付き合うて欲しいトコあんねん」
この暑いのに何処に行こうと言うのか。基本的にアリスは暑さに弱く寒さに弱い人間なのだけれど、その弱さを打ち消すほどに楽しいことが大好きなので、大抵の暑さ寒さは『楽しいこと』の前には効力を無くす。
「なあ」
「うーん……」
なにやらおねだり気味に上目遣いで見てくるのは、小動物ならではの攻撃だ。其の証拠に火村がそんなことしたって意味がないだろうから。いや、相手にダメージを与えると言う意味では効果的といえるか……
「なあって」
「ううーん……」
しかし、其の『楽しいこと』が何なのかは知らないが、少なくともアリスは火村に会うためだけに京都に来る気はなかったというのだから、それはつまり火村に会うという行為は『楽しいこと』としてカウントされていないんだと思うと少し寂しい。ほら、火村の繊細な心にまた傷が出来た。中々に攻撃的だな、アリス。
「火村っ」
「あ?……ああ、何処に行きたいんだ?」
やっと火村が返事をしてくれたから、アリスは少し嬉しそうに笑った。ああ、この小動物、どうしてくれよう。
「伏見。今お祭りやっとるらしいねん」
アリスのお祭り好きは今に始まったことではない。去年もめんどくさがる火村を引き連れて京都・大阪の祭りを渡り歩いた。当時は片想いだった火村は面倒だと言いながらも結局アリスに付き合ってお祭りめぐりをしたものだ。
「なんだってわざわざ伏見まで行くんだよ、めんどくせえ。この時期祭りなんてそこら中でやってるぜ」
そこの神社だってもう直ぐ夏祭りだし。
「屋台が多いんやって。仲野ゼミのメンバーで行こうって話になったんや」
ちなみに、仲野教授は社会学部の教授で、仲野ゼミとは火村が所属するゼミだ。
「それでな、君も一緒に行かへんかなって」
「…………なんでお前の方が先に誘われんだよ」
「君は誘っても行かへんって言うのが目に見えとるからとちゃうの」
それでアリスで釣ろうというのか。
火村とアリスの関係は仲野研の主要メンバーなら知っている。
「集まってダラダラするだけじゃねえの?俺みたいな貧乏学生は忙しいんだよ」
「そんなことあらへんもん。どうせ今日はバイト休みやんか。もー。一緒に遊ぼうや~」
アリスは駄々をこねるようにテーブルをガタガタと揺らした。
絶対にイヤだと言えば、断りきれるけど。
でもアリスに行くなと言っても聞かないし、行くなという権利もないことは判っている。
返事をしない火村に焦れて、アリスは持ってきた鞄を引き寄せた。ガサゴソと中を漁る。
「せっかく浴衣持って来たんやから」
「…………浴衣?」
「そう。高校生のころ買うたやつ。もったいないから着ろ言うておかんに持たせられたん。ばあちゃんが着せてくれるていうし」
ほら。
そういって出したのは紺地に粋な感じの縞柄の浴衣だ。
アリスの、浴衣姿。
「…………浴衣……」
「そう。水鳥先輩も着るって言ってんで」
いや、それはどうでもいい。
「浴衣、着るのか……」
「やから着るって言うてるやん」
「そうか……着るのか……」
もし火村が行かなければ、アリスは浴衣で仲野ゼミのメンバーと出かける……。
火村はチラッとアリスを見た。アリスは麦茶の入ったコップを持ってじっと火村を見ている。
「行く?」
「…………行く」
ああ、結局こうなるんだ……
満足そうなアリスの隣で火村はがっくりうなだれた。
「火村ッ、あれ入りたい!」
「………………ヤダ」
アリスの指す方向にあるのは、某ゲーム会社が企画したお化け屋敷だった。にべもなく断った火村のシャツをアリスが引っ張る。
「なんで?怖いんか?」
「あんなくだらないもんに金かけたくないんだ」
「君なぁ、男やったらくだらないもんにこそ全力を尽くすべきや」
そう言うアリスの手には、たこ焼き、わたあめ、スーパーボール、ハッカパイプなど、おおよそ無駄遣いとしか思えないものが握られている。(ちなみに持ちきれなかった焼きそばとリンゴ飴は火村が持たされている)
「へえへえ、お前は男の中の男だよ。俺はダメ男だからくだらないものに情熱を注げません」
「ケチ」
「ケチで結構」
つれない返事の火村の後をアリスが着いて行く。ペッタペッタと草履の音が背後から聞こえてくる。
アリスは火村が思っていたよりももっと浴衣が似合っていた。日焼けしていない白い肌と紺色の浴衣のコントラストが色っぽい。それなのにアリスは「あれが食べたい」「これがやりたい」と色気のかけらもない言動を連発している。ちょっとがっかり。
「あっ、井野や。なーなー、お化け屋敷入らへん?」
飲み物を買って戻ってきた仲野ゼミのメンバーを見つけたアリスは火村を誘うことを諦めて声を掛ける。
「お化け屋敷?」
「あれあれ!」
ウキウキとアリスが指差した先を見た井野はあっさりと頷いた。
「おお、ええで」
「ほな行こー」
「何?井野ちゃんたちどっか行くん?」
「お化け屋敷やって。行く?」
「おおっ、おもろそうやん。行く行く」
ちょうど戻ってきた面子が次々に加わっていく。アリスはチラッと火村を見た。
「どうすんの?」
「だから、俺はいいって言ってるだろ」
「えっ、なんで?火村入らへんの?」
一斉に振り向かれて、火村はめんどくさそうにぼりぼりと頭を掻いた。
「火村は怖いねんて」
「えっ!」
「違う。あんなのに金払うのが嫌なだけだ。どうせ子供騙しだろ」
「まあまあまあ、そう言うなや。集団行動を乱すのは良くないなあ」
ニヤニヤと笑いながら、先輩たちが火村を取り囲む。
「ちょ、ちょっと……」
「お金ないなら、ここはアタシ奢ったるわ」
「えっ……いや、いいです。悪いですから」
「似合わない遠慮なんてしとらんで、さあさあ行きましょー」
「いや、だから俺は……」
嫌がる火村を無理矢理連れて、総勢6人でヘルハウスに突入―!!
「わっわっ、なんかおるっなんかおるでっ!」
「ちょ、ちょっとアリス。押すなよ」
「ひゃあ!誰や!息吹きかけたやろ!」
「ちゃうって、それ仕掛けやん!」
「みんな五月蝿いー」
「ぎゃっ、なんやこの床っ!ふにゃふにゃやん!」
一回の定員5人のところを無理矢理6人で入場。あまりに賑やかな集団に、前を行くカップルはとっくに先に行ってしまった。中の騒ぎ様が入り口まで聞こえるせいで、次の客も入って来れない。迷惑この上ないように見えるけれど、実は仲野ゼミの面々が中に入ってからと言うもの、中の大騒ぎが外まで聞こえて、客寄せになっているらしく、外には行列が出来始めていた。
「ちょっと、女の子先に行かすてどういうこと!?」
「火村っ、先行け!」
「なんで俺なんだよ!お前らが入りたがってたんだからお前ら先に行けよ!」
「お前怖いんやろ!」
「うるせえ、馬鹿アリス!重いからしがみ付くな!」
お化け屋敷の怖さと言うのは『お化けが出るかもしれない』怖さではない。夜中に墓に行くとか、神社に行くとか、学校に入り込むとか、そういうことは怖くないのだけれど(極稀に、アブナイ人がいると言う意味では怖いが)『いつ脅かされるか判らない』というのは火村であってもやっぱりちょっとビビる。驚いて、ビクッとしたところをアリスに見られたくないなんて可愛らしい見栄が挙動不審へとつながるのだ。
団子のようにくっついてのろのろと進むと、あからさまに何か仕掛けがありそうな場所に出た。岩を模した壁に囲まれた部屋の一部に祭壇のようなものがあって、其の上におかれたしゃれこうべの口がパカッと開いている。
「おっ……、此処、手を入れろやって!」
「入れへんと暗号が出えへんみたいやで」
「入れて」
「誰が?」
「火村」
「だからどうして俺なんだよ!」
絶対絶対、こんなところに手を突っ込んだら何か起きる。判っているけどいきなり音を出されたりすればビビるだろう。
「いけっ!がんばれ!」
「はよせんと、後詰まってるんやから!」
「だったら佐瀬さんが……」
「アンタ!女の子にそんなんやらせる気!」
グイグイと後から押されて火村は渋々立ち位置につく。
「はよ、入れてや」
アリスが後から背中を突く。
ああ、そういう台詞は布団の上で聞かせて欲しいもんだ。
火村はがっかりしながらゆっくりと髑髏の口の中に手を入れた。
「なんかレバーがある」
「引け!もしくは押せ!」
背後からワイワイと覗き込む面々は実に楽しそうだ。こんなにもエンジョイしてもらって、お化け屋敷の企画者もさぞ満足だろう。
「よっ……」
火村は中にあったレバーを手前に引いた。
ぷしゅーっ!
「うおっ!」
「ぎゃっ!!」
「うひゃあ!」
「わぁぁっ」
左右から霧を吹き付けられて、全員がギャーギャー叫んで逃げ出した。
「うわっ、アリス!重いって!」
「せやって、浴衣走りにくいっ!」
「ああ、もうっ!」
みんなはさっさと次のエリアに進んでいる。火村はしょうがないからアリスを抱えて歩き出した。
「ったく、怖がりの癖に」
アリスはホラーもスプラッタも大好きだ。幽霊も霊感も信じていないからこそ楽しめるのだとアリスは言う。
やっとみんなに追いついて、先に進む。
その辺からは仕掛けで驚かすというよりも、今まで通ってきたエリアで手に入れた暗号使った謎解きのような感じだ。アリスは張り切って謎解きに参加している。
一番後ろを歩きながら、火村はアリスの歩き方が少しおかしいのに気がついた。
「?」
なんだか片側に傾ぐようにようにして歩いている。どこかにぶつけるか捻るかしたのだろうか?
それから少し進むと通路が明るくなって、空気が急に生暖かくなった。
「お、外や」
「ゴール!」
ワラワラと外に出ると、外には随分行列が出来ている。
「おー、なんや大人気やな」
「俺たち調度空いてるときに来たんやな。ラッキー」
彼らは自分たちが広告塔になっていたことを知らない。