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2004年8月発行本より・パラレル・学生火村×先生アリス。R15くらい?

 校長室から出ると、もう夕暮れだった。
 窓からまぶしいオレンジ色の光が射しこみ、廊下を染めている。チャイムの音、校庭で部活をしている学生たちの声。
 久しぶりに来た母校は、自分の在学中とそれほど変わっていない。
「有栖川?」
 声をかけられて振り向くと、アリスの高校時代の担任が立っていた。
「都築先生、ご無沙汰してます」
「おう、元気そうやないか。なんや、臨採やて?」
「はい。お世話になります」
 来週から、アリスは母校の英都高校で国語教師として働くことになっている。
 事情があって以前勤務していた高校を辞職してから、それまでの貯金と最近やっともらえるようになった原稿料で何とか食いつないできた。しかしそろそろ職を探さなければと思っていたところに、叔父の友人でもあった母校の理事長から話が来たのだ。
 事故にあって入院した国語教師が、年齢も年齢なためにこれを機会に退職したいと言い出したらしい。
 小説家一本で食べていければいいのだけれど、流石にデビュー一年目の、駆け出しの作家ではそれは無理。条件も良かったので話を受けることにした。
 しかし、条件もタイミングもいい就職をちょっと躊躇してしまう理由が一つ……。
「いやあ、赤星先生も喜んでたわ。先生お前のこと学生の頃から気に入ってたからなあ」
「ははは……はは……」
 「人の良い先生コンクール」というのがあったら、間違いなく上位入賞しそうな都築教諭は、きっと本気で言っているのだろう。
 しかし、実際にはアリスは学生時代から赤星のセクハラに悩まされていたのだ。(セクハラを除けば学生に人気があるのもわかるけど)
「お~い、有栖川~」
「お、噂をすれば」
 廊下の向こうから派手な柄のシャツを来た赤星が走ってくる。
(学校でそのシャツはないやろっ!)
 アリスは心の中でそう突っ込む。だって、赤地にアロハプリントなんだもの……しかもビーサン。
「いやあっ、有栖川っ。良く来たなっ!」
 満面の笑顔でそういわれて、アリスも都築の手前愛想笑いをせざる得ない。
「ご、ご無沙汰してます……」
「はっはっは。これから楽しくなりそうだなあ」
「赤星先生も年齢の近い教師が来て、話が弾むでしょう」
 移動のない私立高校では、教員の年齢が否応にも上がる。赤星は英都高校の中では一番年下だったはずだ。
「有栖川は教員寮に入るんやろう?赤星先生、いろいろ面倒見てやってください。ほら、有栖川、お前も頭下げとけ」
「任せてくださいっ、都築先生。有栖川……いや、もう有栖川先生といわなければいけないのかな?」
 そういいながらスリスリと腕をさすられて、思わずアリスの頬が引きつる。
「あ、赤星先生……教員寮でしたっけ?」
「ああ。マンション借りるより寮のほうが安いからな」
(うぎゃ!)
 内心の悲鳴をかみ殺しながら、硬直しているアリスの腕を引っ張って「じゃ、早速案内しようか」と寮に向かう。
「え、いや……あの……」
「じゃ、よろしくお願いしますわ。」
「はーい」
 英都高校の敷地は広い。私立で進学校で、ついでに金持ちが多いこの学校は、自宅が遠い学生のための寮と、それに隣接された独身教師のための寮がある。
 ホクホクとしながら先を行く赤星の背中を見ながら、アリスはため息をついた。
 寮は個室で、広さも十分。多少田舎であることに目を瞑れば普通の賃貸の3分の1程度の金額で、1DKの部屋に住めるのだ。
(まあ、部屋には鍵もあるし……ほかにも先生はいるやろうから……)
 赤星も寮に住んでいると聞いてかなりげんなりしたのだけれど、部屋を見てみて気を取り直した。これだけの部屋に住めるならば多少の危険(?)は我慢しよう。
「あ、飯は自分で作ってもいいけど、学生寮に行けばただで食えるから俺はそうしてる」
「あの、ほかの先生は?」
「ん?いや、今ここに住んでるのは俺だけだぜ」
「!?」
 アリスが学生だった頃にはもっと独身教師はいたはずだが、流石に10年近く経つとみんな結婚したり寮を出たりしているらしい。
「ここは俺たちの愛の巣なんだぜ~」
 と抱きついてきた赤星を、アリスは必死で押しのける。
「やめてくださいっ。なんだって赤星先生はそうやって俺に嫌がらせするんですか~!」
 そうやって一々ぎゃあぎゃあと騒ぐ姿が赤星を喜ばせていることに気がついていない。
「あははははは。あ~、お前相変わらず面白いなあ」
 ひとしきりからかって気が済んだのか、やっとアリスから離れた赤星はニヤニヤしながら今度はちゃんと寮について説明してくれた。
 風呂やキッチンについてざっとレクチャーして、寮の玄関前のフロアに行く。置いてあった古いソファに腰掛けて、赤星は煙草に火をつけた。
「まあ学生寮じゃないからな、門限があるわけでもないし、外泊だって出来る。制限があるって言ったら女を連れ込めないことくらいだ」
 流石に年頃の学生たちが隣にいるのに、女性が寝泊りするのは問題だろう。
「学校の敷地にあること以外は普通のマンションとそれほどかわらないさ」
 駐車場は学校のものを使って構わないというし、条件としてはやはりかなりいい。でも赤星と2人きりというのがなあ……と思っていたのが顔に出たのか、赤星がクククク、と笑う。
「そう警戒するなって」
「警戒させるようなことしてるの、先生の方やないですか」
「あはははは。だってお前一々反応するから面白くってさ」
 むう、と頬を膨らませたアリスの肩を、赤星がポンポンと叩く。
「大丈夫、教え子に手を出すほど不自由してないよ」
 確かに、赤星は顔もスタイルもいいし会話も巧い。授業はわかりやすくて面白いと生徒にも人気があったし、ふざけたところも多いけれど意外に真面目なところもある。女性(男性?)に不自由していないというのは理解できる。
 アリスが納得したのを確認したのか、片頬をニマっと上げて
「ま、ご希望ならお相手するけど?」
 アリスちゃんももう大人だしね~。と笑った。
「け、結構です!」
 ブンブンと手を振って後ずさりするアリスに、笑いながら気障な仕草でウィンクすると、そりゃ残念、と肩をすくめた。
 外出するという赤星と玄関で別れて、自分の部屋に行く。既に荷物は運び込まれているけれど、荷解きはこれからだ。
 家具や電化製品はある程度備え付けてある。
「さすが金持ち校やな~」
 アリスもこの高校の卒業生なのだけれど。
 中学卒業を前に両親を一度になくしたアリスは、資産家だった叔父に引き取られた。息子が欲しかったのに娘ばかり3人も生まれてしまった叔父は、アリスを実の息子のように可愛がり、既に決まっていた公立高校の入学をやめさせて、友人が理事を勤める英都高校へと入学させたのだ。
 アリスの父親は極普通の公務員だったから、アリスにしてみればこの高校の至れり尽くせりぶりに驚かされてばかりだった。そして、卒業してからもそれは変わらない。
「ほんまにまあ、贅沢やなあ……。ま、助かるからええか~」
 頭にタオルを巻いて、ダンボールから出した荷物を片付けていく。本以外の荷物はそれほど多くないからすぐに片付くけれど、問題は本だ。駆け出しとはいえ作家の端くれだし、かなりの量の本がある。ほかの荷物を片付けて、う~んと背伸びをすると、気がつけば外は暗くなっていた。
「あ、あかん……飯食いそこねるわ」
 まだ冷蔵庫は空っぽだから食堂が閉まってしまったら今夜は夕食抜きになってしまう。
 慌てて部屋を出て、学生寮の中にある食堂に行くと、寮生たちがアリスに一斉に視線を投げかけてきた。
「う…………」
 興味津々の視線に怯みながらも、何とか平静を装って生徒たちの列の最後に並んだ。
 アリスの後ろに並んだ生徒がひょい、とプラスチックのトレーを渡してくれた。アリスはホッとして振り返り礼を言った。
「あ、ありがとう」
 生徒は何も言わずにただニコッと笑った。背は高めだけど顔つきにはまだあどけなさが残る少年は、一年生だろうか?アイドルのような綺麗な顔をした生徒だ。
 アリスの順番が来たので注文をすると、カウンターの向こうにいた女性が突然声を上げた。
「アリスちゃんやないのっ!」
「え?え?……あっ、おばちゃん!」
 アリスがまだ在学中だった頃にも食堂で働いていたおばちゃんだ。
「あんたまだ高校生やる気なんか?」
「ちゃうわっ。俺来週からここで先生するんや」
 アリスの答えに驚いたのは、おばちゃんよりも、むしろ聞き耳を立てていた生徒たちだった。
 ざわざわというざわめきの中から「先生?」「アリスちゃんやって……」「転校生とちゃうんか?」などというひそひそ声が聞こえてくる。
「あっはっは。相変わらず高校生みたいな顔しとるくせに先生なんか?あっはっは」
 おばちゃんの豪快な笑い声が食堂に響く。
「う……見、見た目は関係あらへんやろっ」
 童顔なのは自覚してるんだ。それにしたって転校生はないやろうっ。
「悪かったね。じゃあほら、サービスしとくよ、アリス先生。がんばんなよ」
 おばちゃんはコロッケを1つ多くお皿に乗せてくれた。
「わあっ。ありがとう」
 童顔だと笑われたことも忘れて、おばちゃんに笑顔で礼を言うと、アリスはトレーを持って空いている席を探した。
「こっち、こっち」
 きょろきょろしているアリスに、さっきトレーを渡してくれた少年が手招きする。
「ここ、空いてますよ。どうぞ」
「お、有難う」
 森下というその生徒は、やはり一年生だった。
「じゃあ先生も英都の出身なんですね~」
「うん、俺は高校からやけど。その頃は叔父の家から通ってたから、学生寮には入ってへんかったんや」
 アリスと森下が2人で食事をしていると、片桐という二年生もやってきた。2人は寮で同室だそうだ。
「みんなの間で噂になってたんですよ、見たことない人が赤星先生と歩いてたって。転校生やないかって話だったけど」
「転校生って……俺君らと10歳近く離れてるんやで?」
 プゥッと頬を膨らませたアリスを見て、片桐が慌てて手を振る。
「あ、僕が言ったんじゃないですからね。噂ですよ、噂」
「ほら、うちの学校って若い先生ってあんまりいないやないですか。赤星先生が一番若いくらいやし。それでみんな学生やと思ってもうたんやと思いますよ?」
 一所懸命言い訳している2人に、アリスは思わず笑みをこぼしてしまった。いい子達だ。
「ま、ええけどな~。童顔なんはホンマのことやし」
 でも学校ではスーツを着ていよう、と心の中で決めておく。
 2人に最近の学校の様子を聞きながら食事を済ませて、寮に戻る。
 外出するといっていた赤星はまだ戻っていないようだ。部屋に戻って窓を開け、篭った空気を入れ替える。シャワーを浴びて、エアコンをつけ、窓を閉めようとして、ふと寮のすぐ隣の芝生にあるベンチに誰かがいるのに気がついた。うつむいていてはっきりと顔は見えないけれど、煙草の火らしい灯りが見えるから赤星かもしれない。
「赤星先生?」
 人影が、ピクリと動く。
「…………」
「あれ?」
 顔を上げたのは、赤星ではなかった。
「……君、生徒か?」
「…………」
「あかんやん、煙草なんて。しかも教員寮の前で吸うなんて、見つかったらどないすんねん。アホちゃうか?」
 腰に手を当てて、ベランダに出る。
「あんたは教員じゃないのか?」
 人影はベンチから立ち上がるとスタスタと近づいてくる。
「……う~んと、月曜からは教員」
「じゃあ見逃せよ」
「未成年やろ?普通の大人は見逃したらあかんのとちゃう?」
 教員とわかっても横柄な口の利き方を直そうとしない。英都には珍しいタイプの生徒だな、と思う。
「ま、何事も経験ってことで」
 経験も何も、随分と吸いなれた感じだけど。
 アリスの部屋の明かりが届くところまで来て、持っていたコーラの缶に煙草を落とすと、ニヤリと笑ってベランダに上がってくる。
 アリスよりも頭ひとつ分背が高い。ひょい、とアリスの肩越しに部屋を覗き込み、それからアリスのことを見た。
「中浦の代わり?」
「中浦先生やろ。君、名前は?何年生や?」
 舐められないようにと、腕を組んでいるアリスに眉を上げた。気障な仕草だ。
「3年の火村。……なあ、珈琲ない?」
「は?」
「だから、珈琲」
 さっきから飲みたいんだけど。
「……君なぁ」
 あまりの態度にアリスが説教をしようとするのをさらりと無視して、火村はさっさとスニーカーを脱いで部屋に上がりこんだ。
 本棚に入りきらずに積み上げられている本をよけながら台所へ行き、がそごそ漁り始める。
「おい、勝手に人の部屋に入るなや。それに荷物も漁るな」
「あ、あった。なあ、あんたも飲む?」
「え?あ、うん……ってちゃうでしょ?」
 ここまで傍若無人だともう起こる気も失せてくる。火村は適当に置かれていたマグカップに珈琲を入れると、アリスに珈琲を渡した。ローテーブルを足で引き寄せてその上にカップを置き、ベッドに腰掛ける。
 すっかり居座る気満々の火村に、アリスはため息をついて本の入っているダンボールに腰掛けた。
「君どの先生にもこんな態度なんか?」
「ん?さあ?口うるさいのにはあんまり近づかないようにしてるからな」
 珈琲を飲みたいといっていたくせに、テーブルの上の珈琲には手をつけずにいる。火村は近くにあった本を一冊手に取った。
「すげえ本の量。普通寮にこんなに持ち込まないだろ。実家にでも置いてくりゃいいじゃねえか」
「あいにくと、遠慮なく置いてこられるような実家がないもんで。これでも随分と厳選してるんや」
「……漫画がある。なるほど、厳選されてるなあ」
「…………」
 火村はポケットから煙草とライターを出すと、きょろきょろと部屋を見回した。パッケージには駱駝の絵。初心者が吸うような煙草じゃない。
「灰皿ない?」
「ない。俺は煙草は吸わん。ていうか、俺の前で吸う気か」
 完全に舐められてる。むうう、と唇を尖らせたアリスに、火村が肩をすくめた。先ほど持っていたコーラの缶をまた灰皿代わりに使い始める。
「何?嫌煙家?」
「そういう問題とちゃうでしょ。もう、君珈琲飲まないんやったらさっさと寮にもどりなさい」
 煙草を取り上げようとするアリスの手を器用に避けながら、火村は片手でアリスをベッドに押さえ込んだ。
「おい、火がついてるのに手ぇ出すなよ。危ねえだろうが」
「…………」
 挙句の言い草に、押さえつけられたままアリスは思わずポカンとしてしまった。火村はゆっくりと煙草を吸い終えると、やっと珈琲に手を出した。
「手伝ってやろうか?」
「は?」
「本の片付け。明日日曜だろ。手伝ってやるよ」
 それは、かなり助かるけど。
 アリスが躊躇していると、火村はニヤリと笑った。飲み終えた珈琲のマグをテーブルに置く。
「珈琲代だよ」
 そういって、火村は「じゃ、また明日」と言ってベランダから出て行った。
「何なんや、あの子……」


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