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2004年8月発行本より・パラレル・学生火村×先生アリス。R15くらい?
アリスが英都に来てから1ヶ月。
火村は殆ど毎日のようにアリスの部屋に来る。大抵が食事のときにアリスのテーブルにやってきて、そのまま部屋までついてくる。
部屋で何をするというわけでもなく、ただベッドに寝転んで本を読んだりテレビを見たりしているだけだ。
勉強もよくしているようだけれど、アリスに勉強を教わることなんてまずない。実際のところ火村が勉強していることはアリスが教えられる範囲を超えていることが多い。
確かにアリスの部屋なら思う存分(?)煙草も吸えるけれど、それにしたって教師の部屋なんてそんなに居心地のいいものでもないだろうに。
おかげでアリスの部屋のものはやたらと煙草くさくなってしまった。時折火村から煙草の匂いがするのは懐いているアリスが吸っているから、ということになっていて、結果としてアリスは吸いもしないキャメルを始終持ち歩く羽目になってしまった。
驚いたことに火村は本当に優等生だった。特進クラスの中でも特に成績が良く、赤星以外の教員の評価は「少々生意気だけれど素行も良く優秀な生徒」ということらしい。アリスの部屋に入り浸っているのも「お勉強」のためだと思われているようだ。
今日もアリスの部屋に来てベッドでゴロゴロしている。寝転んで読んでいるのはアリスが昨日書き上げたばかりの原稿だ。
アリスは床に座って珈琲を飲みながらちらちらと火村の様子を見ていた。火村は読み終えた後にいつもきちんと感想を言ってくれる。いいことばかりを言われるわけではないけれど、それは火村がきちんと読んでくれている証拠でアリスにはそれが嬉しいのだ。
ノックの音がしてアリスが立ち上がる。
「赤星なら部屋に入れんなよ」
寝転んだまま火村がそう言った。
「えっらそうやな~。なんやねん」
どうも火村は赤星を警戒しているらしい。「俺だけの先生」なんて小学生みたいな独占欲だとアリスは思っている。だから文句を言いながらも生徒に好かれているようでちょっと嬉しい。
ドアを開けるとやっぱり赤星だった。
「よう。お、また火村が来てんのか?」
「そうなんです。何がそんなに気に入ったんだか」
「とか何とか言って、アリスちゃん結構火村のこと気に入ってるだろう。嬉しいんじゃねえの?」
ニヤニヤ笑いでそう言われて、アリスはふっと紅くなった。
「べ……別に……」
赤星は急に声を潜めるとニンマリと笑った。
「あいつさ、最近あからさまに俺のこと警戒してるんだぜ?授業中とか笑えるくらい睨みつけてくんの」
「…………」
「かわいいねえ。ところでさ、今度の金曜から泊りがけで出かけたいんだけどさ、授業が終わったら車出してくれないか?」
駅まででいいから、という赤星に首をかしげた。
「電車ですか?珍しいですね」
「実家に用があってさ。沖縄なんだよ。もしかしたら月曜も休むかも知れない」
「別にかまいませんけど……なんかあったんですか?」
アリスが心配そうに眉をしかめたのを見て、赤星は違う違う、と手を振った。
「いや、そんな大事じゃないんだけどさ。妹が結婚するらしいんだけど、それに親父が反対しててさ。ま、仲裁役だよ」
なるほど。わざわざ呼び戻すということは余程もめているのだろう。
「わかりました、ええですよ」
「サンキュ。悪いな。土産買ってくるから」
片手で拝むような仕草をしながら赤星は部屋に戻っていった。
「赤星、なんだって?」
「ん?週末に出かけるから駅まで送ってくれって」
「ふうん……」
火村はベッドに寝転んだまま煙草を吸っている。
「こら、寝煙草は止めろって言うたやろ」
最近ではもう火村の煙草を注意することも殆どなくなったけれど、寝煙草だけは未だに絶対に止めさせている。
煙草を取り上げようとしたアリスの腕を、火村がグイっと引っ張った。上半身だけ起こした火村の身体の上に、アリスが倒れこむ。
「なあ、今日こっちで寝ちゃだめか?」
「なんで?学生寮なんかすぐそこやんか」
首を傾けたアリスに、火村が「ああもうっ」と言いながら頭をかいた。
「もう遅いで?帰り。ええ子やから」
アリスは火村の指から煙草を抜き取って灰皿でもみ消した。
「それって天然?それとも拒否ってんの?」
「何が?さっきから訳わからんで?」
がっくりと肩を落として、火村はベッドから降りるとベランダに向かった。
「帰るんか?」
「良い子のアリスちゃんにはまだちょっと早いみたいだから、今日のところは帰ります。おやすみなさい」
わざとゆっくりと頭を下げてから、火村はぶらぶらと学生寮に戻っていった。
「…………早い?……へんなやつ……」
学生寮の門限はとっくに過ぎているけれど、まだ寝静まるような時間ではない。火村は裏手に回って部屋の窓を叩いた。
「火村さん」
「悪いな、有難う」
「今日は早いですね」
中から森下が窓を開けてくれた。
火村がアリスの部屋に行っていて門限が過ぎてしまった日は、いつもこうやって森下と片桐の部屋の窓から寮に戻っている。最近は門限が過ぎることが殆どで、時には森下たちが寝てしまっていることもある。それでも窓を叩けば起きてくれるのだからありがたい。
「片桐は?」
「風呂です」
「あっそう。じゃあこれ渡しといてくれ」
手渡したのはアリスから借りてきた本。
ミステリ好きの片桐は、アリスから時々本を借りている。ミステリをあまり読まない火村は良くわからないが、アリスの蔵書はかなり珍しいミステリの絶版本などもあるらしい。アリスの部屋に片桐を入れたくない火村が、それとなく受け渡しを買って出たのだ。
火村は森下たちの部屋を出ると、すばやく階段を上がって3階の自分の部屋に戻る。特進クラスの生徒は個室を与えられる。火村はそれを知ったとき、頭がよくてよかったと思ったとか何とか……
アリスの部屋に負けず劣らず本ばかりの部屋に戻って、シャワーを浴びベッドに横になる。
「あ~……ったく、全然わかってねえんだもんな」
火村は人と馴れ合うタイプの人間ではないのだ。特に孤立しているわけでもないけれど、特に親しい友人を作ることもないまま過ごしてきた。その自分があれだけいつもアリスの側にいるのだから気がついてもよさそうなものだけれど。
事実、生徒たちは大抵気がついているんだ。学内で噂になっていたのも赤星から火村へと相手が変わっている。赤星だって気づいているし(だからこそ時折アリスの部屋の様子を見に来るのだろう。万が一にもおかしなことにならないようにと)結構あからさまな言葉を言ったりしているのに、どうしてああも鈍感でいられるんだろう。
「一種の才能だよな……」
毎日部屋に戻る度、虚しさが押し寄せてくるけれど、それでもきっと明日もアリスの部屋に行くのだろう。
火村はもともと表情が表に出難い。生徒たちは今までの火村を知っているから、アリスに懐いている火村を見て察することも出来るけれど、出会ったときから懐かれているアリスにしてみれば、単なる人懐こい生徒なのだ。それに火村のいう「あからさまな言葉」は往々にして「単なる口の悪い冗談・もしくは赤星を真似たセクハラ」にしか聞こえないのだろう。今日のあれだって、きっとそんな風に思っているんだ。
何よりも、今まで言い寄られたことはあっても言い寄ったことはない火村は、かなりアプローチが下手だったりするのだ。そして火村はそのことに気づいていない……
火村がベッドでぶすくれていると、誰かが部屋をノックした。
「おう、開いてるぞ」
「こんばんは、ヒム。今日はお早いお帰りですね」
ひょっこりと顔を出したのはイギリス生まれイギリス育ちの友人。火村の1年の頃のルームメイトだ。2年生になって特進クラスになり、一人部屋になってからは別室になったけれど、火村が親しくしている数少ない友人の一人だ。
「なんだ、ジョージか。なんの用だ?」
「なんだとはご挨拶ですねえ。ご機嫌ナナメですね?愛しのアリス先生に冷たくされましたか?」
ジョージの軽口に、ふん、と答えてから火村は再びベッドに寝転がる。
「おや、図星ですか?」
「別に冷たくなんてされてない」
「ふうん……まあアリス先生は色恋沙汰には鈍感そうですもんね」
色恋沙汰、なんて日本語何処で覚えてくるんだか。
「でもヒムもいけません。遠まわしな言い方や意地の悪い言い方をしても振り向いてはもらえませんよ」
「…………」
むっつりとしながらもジョージの言うことをさえぎらないのは、火村もこのままじゃアリスはいつまでたっても火村の想いに気付かなそうだと思い始めているから。
「アリス先生みたいなタイプには、アメとムチですよ」
火村が口を挟まないのをいいことに、ジョージは椅子に座って嬉しそうに話し出す。まさか、火村に恋愛講義をするチャンスが来るなんて思ってもみなかったから楽しくて仕方がない。
「無理強いはいけないけれどたまには強気で行かなくちゃ。押して、押して、それでグラついたところに優しい愛の言葉を告げればいい」
「愛の言葉だぁ?ジョージ、ここはイギリスじゃないんだぜ?」
冗談じゃない、という顔をした火村に、ジョージは立てた人差し指をチッチッチッと左右に振った。
「国は関係ありませんよ。愛の心理は万国共通ですね。特に彼は、国語の教師です。言葉には敏感です」
なんだか、悪徳セールスに勧誘されてる気分だ。そりゃあジョージみたいな金髪碧眼のハンサムに囁かれれば、女だったらうっとりしちまうかも知れないけどさ。自分が不細工だとは思っちゃいないが、自分の顔と性格に甘い愛の言葉が似合うと思うほどオメデタイ頭もしてないつもりだ。
「ああ、もういいよ。俺は俺のやり方でやるから。もう部屋に戻れよ」
手をひらひらと振った火村に、ジョージが肩をすくめた。
「のんびりしたこと言っていると、誰かに取られてしまいますよ」
聞き捨てならない言葉にチラリと視線を向ける。
「誰に取られるって?」
「さあ?…………たとえば、赤星先生とか。アリス先生がまだ英都の学生だった頃から赤星先生は随分とアリス先生を気に入っていたそうですよ」
「…………」
黙ってしまった火村に、ジョージが止めを刺す。
「それにね、噂ですが、アリス先生が前の学校を辞める原因、生徒がストーカー紛いのことをしたかららしいですよ。ま、これは女子生徒だって話ですけどね」
それは、聞いていない。
確かに、見た目に迫力がないために初めはちょっと馬鹿にされていたアリスだけれど、実を言うと最近は結構生徒たちに人気がある。
雑学の知識が多いせいもあり、授業が面白い。特進クラスでも舐められてはいるけれど、どっちかというと「かわいいから苛めたい」的なからかいが殆どで、アリスが気に入らないから苛めるということはないようだ。火村が耳にする限りではアリスに対する他のクラスの生徒の評価はおおむね良好。
前の学校を事情があって辞めたとは言っていたけれどどんな事情なのかは聞かなかった。アリスのことだから、きっと女子生徒には優しいだろうし、その優しさを誤解した女子生徒がストーカー行為を働いたということはあり得る。
「基本的にアリス先生はノーマルなんでしょう?」
「だと、思うけど」
「そういう話しないのですか?」
「…………しない」
アリスは教室では教師と生徒という態度を崩さないようにしているが(成功しているとは言いがたいけれど)アリスの部屋に火村がいるときは、たまに小言を言うくらいで教師ぶることはない。ずっと前からの友人のように、テレビを見ながら暴言も吐くし、我侭も言うし、火村と普通に口喧嘩もする。
だけど、そういえば恋愛の話……たとえば好きな女のタイプとか、昔の女の話とかそういう話はしたことがない。
「まあ、無茶してレイプなんて真似にだけは発展しないようにね」
さらりとすごいことを言って、ジョージは部屋から出て行った。
翌日、アリスは授業を終えて生徒たちと一緒に階段を下りていた。
「センセ~、夏休みってどないすんの~?」
「旅行とか行かへんの?」
「ん~……まだ決めてへんなあ」
「出足遅いで、先生。ぼんやりしてはるからなあ」
「俺ら海行くねん。一緒に行こかぁ?」
「海か~。そういや大学の時以来行ってへんなあ」
生徒の一人が、ふとペコリと頭を下げた。なんだろう、と思って目を向けると火村が下から上がってくるところだった。
「あ、先輩……こんにちは」
「おう」
火村はひょい、と片手を上げて応えてチラリとアリスに目を向け、それから通り過ぎた。
「……ふうん、火村と知り合いなんか?」
「え?違うで。でも火村先輩のこと知らへんやつなんかこの学校におらへんもん」
「そうなん?」
「特進クラスでずっとトップやろ。それに3年になってすぐ止めてもうたけど、2年のときボクシング部でインターハイ出てんねんで」
「え?そうなん?」
「女の子にもモテるし。最近は学校が他校生の出入りに厳しくなったから減ったけど、前はよう学校に忍び込んで手紙渡そうとする子おったもんな」
「先輩寮生やから校門で待っとっても来えへんしな」
「ふうん……」
そういえば、時々学食で一緒になる森下や片桐も、火村信奉者という感じだった。友だち同士で騒いでいるところはあまり見たことがないけれど、孤立をしているわけではないらしい。最近ずっと自分の部屋に入り浸っている火村に、もしかして寮生と巧くいっていないのかな、と少し心配していたのだけれど、これなら心配は要らないようだ。アリスは小さく笑みを浮かべた。
その夜、いつものようにアリスの部屋に来た火村は、いつもよりもご機嫌なアリスに首をかしげた。
「どうしたんだ?」
「ん~……別に。なあなあ、火村って女の子にモテるんやって?」
「は?」
「フフフ、聞いたで。手紙とか良くもらってるらしいやん?それに下級生にも人気あるんやて?」
ニコニコとそう言うアリスを、火村が不機嫌そうに見返した。
「別にそんなことない」
なんで、俺がモテるのをお前が喜ぶんだ?
嫉妬もしてもらえないことに、少しはアリスの「特別」になれたんじゃないかな、なんて思っていた火村の期待は崩れ去った。
「ええなあ、若者らしいなあ。俺なんて高校時代女の子と話す機会なんて滅多なかったで。ええなあ」
「女と話したいのか?」
「ん?いやぁ」
なぜか照れたように頭を掻いたアリスを見て、火村が唇の端をひょい、と引き上げた。
「アリス」
「ん?」
ちょいちょい、と手招きされて、アリスは膝立ちでずりずりと火村の側にやってきた。
ベッドに座っていた火村は、アリスの腕をつかんで引き上げると、いきなり押し倒し、ベッドに縫いつけた。そのまま口付けてきた火村にアリスの目が丸くなる。
「な、なにしてんの……」
「まさか、初めてじゃないよな?」
「あたりまえやろ……俺いくつやと思うとるの」
にんまりと笑った火村が起き上がろうとしたアリスを再びベッドに戻す。
「だよな?じゃあこっちも経験あるだろ?」
火村がアリスのハーフパンツの上からアリスのモノを撫でる。
「ちょ、ちょっと……」
キスぐらいなら学生だけど男の子だからまあギリギリ冗談で済むけれど、流石にこれはまずい。
「こらっ!悪ふざけはええ加減にせぇ。怒るで」
「アリスここにきてから外泊してねえだろう?女を連れ込んでるようにも見えないし、たまってんじゃねえのか?」
引き剥がそうとするアリスの手を逆に握り返してアリスの手ごとモノ押さえつけた。
「それともさ、自分でしてんの?」
「火村ッ」
ずっと年下の生徒にこんなセクハラされるとは思わなかった。こんなこと、赤星にも言われたことない。
「あほなこと言うてんなっ。そりゃな、君ぐらいの年やったらそういう猥談したいんやろうけどなっ、そういうことは友だちとせい!」
アリスだって、学生時代男友達とそういう話で盛り上がったことがあるし、わからないでもないけれど。
呆れたような、怒ったような微妙な口調でそう言ったアリスを無視して、火村はアリスのハーフパンツの中に手を入れてきた。
「火……火村ッ!ちょっと、ホンマ止めッ。こ、こらっ・・あっんっ……」
直に触れられて思わず声が漏れてしまった。
火村が言ったように確かに寮に入ってからというもの女性と話す機会すら殆どなかったし、最近は自分でもしていなかった。もともとそれほど自分ですることもなかったので気にしていなかったのだけれど、言われて触られると「そういえば」的に思い出してしまう。
「大丈夫、最後まではしないから」
「あっ……あっ・・んんっ……」
人に触られるなんて、そういえばどれくらいぶりだろう?しかも、高校生の癖に火村は妙に巧かった。
「アリス……」
べろりと耳を舐められて、アリスが火村にしがみついた。
「あんっ…………やだっ……火村ッ……」
「ほら、アリス……いいよ、出しても」
「やっ、んっ……んっ……ああっ……」
ビクビクと痙攣した後で、アリスはゆっくりと弛緩した。火村の肩口に顔を埋めたままのアリスの髪を、汚れていない方の手で火村が撫でた。
「怒ってるのか?」
「…………当たり前や。馬鹿にしおってからに」
「馬鹿になんてしてない」
「じゃあ、なんでこんなこと、すんのや……」
切れ切れの息で、アリスが呻く。
「……気持ちよくなかったか?」
「…………」
「いいじゃないか、別に。初めてしたわけじゃないだろ。自分でするより気持ちいいから、手伝ってやっただけだ」
ケロッとそういう火村に、アリスは何か言いたげに口を開いたけれど、結局何も言わずに目を伏せた。
アリスが学生の頃は、こんなことを友だちとするなんて考えられなかったけれど、最近の子は違うんだろうか?時代が違う?でも、だったら溜まったときに女の子とすればいいのかといえばそんなことは絶対にない。男子校で、寮生活をしているとそんな風になってまうんやろか?
ぐるぐるといろんなことが頭をめぐる。
そんなことを考えている間に火村はベッドを出てトイレに行ってしまった。アリスは枕に顔を押し付ける。
「むう、最近の子は……あんなん普通にしてるんやろか……」
火村はベッドでゴロゴロしていることが結構多いので、アリスのベッドの枕は火村の匂い(キャメルの匂いとも言うけれど)がする。
ガチャリと音がして、トイレのドアが開いた。出てきた火村は無表情のままで、何を考えているのか良くわからない。
「もう戻るよ。おやすみ」
「う、うん……おやすみ」
寮に戻っていく火村をアリス微妙な表情で見送った。
火村は殆ど毎日のようにアリスの部屋に来る。大抵が食事のときにアリスのテーブルにやってきて、そのまま部屋までついてくる。
部屋で何をするというわけでもなく、ただベッドに寝転んで本を読んだりテレビを見たりしているだけだ。
勉強もよくしているようだけれど、アリスに勉強を教わることなんてまずない。実際のところ火村が勉強していることはアリスが教えられる範囲を超えていることが多い。
確かにアリスの部屋なら思う存分(?)煙草も吸えるけれど、それにしたって教師の部屋なんてそんなに居心地のいいものでもないだろうに。
おかげでアリスの部屋のものはやたらと煙草くさくなってしまった。時折火村から煙草の匂いがするのは懐いているアリスが吸っているから、ということになっていて、結果としてアリスは吸いもしないキャメルを始終持ち歩く羽目になってしまった。
驚いたことに火村は本当に優等生だった。特進クラスの中でも特に成績が良く、赤星以外の教員の評価は「少々生意気だけれど素行も良く優秀な生徒」ということらしい。アリスの部屋に入り浸っているのも「お勉強」のためだと思われているようだ。
今日もアリスの部屋に来てベッドでゴロゴロしている。寝転んで読んでいるのはアリスが昨日書き上げたばかりの原稿だ。
アリスは床に座って珈琲を飲みながらちらちらと火村の様子を見ていた。火村は読み終えた後にいつもきちんと感想を言ってくれる。いいことばかりを言われるわけではないけれど、それは火村がきちんと読んでくれている証拠でアリスにはそれが嬉しいのだ。
ノックの音がしてアリスが立ち上がる。
「赤星なら部屋に入れんなよ」
寝転んだまま火村がそう言った。
「えっらそうやな~。なんやねん」
どうも火村は赤星を警戒しているらしい。「俺だけの先生」なんて小学生みたいな独占欲だとアリスは思っている。だから文句を言いながらも生徒に好かれているようでちょっと嬉しい。
ドアを開けるとやっぱり赤星だった。
「よう。お、また火村が来てんのか?」
「そうなんです。何がそんなに気に入ったんだか」
「とか何とか言って、アリスちゃん結構火村のこと気に入ってるだろう。嬉しいんじゃねえの?」
ニヤニヤ笑いでそう言われて、アリスはふっと紅くなった。
「べ……別に……」
赤星は急に声を潜めるとニンマリと笑った。
「あいつさ、最近あからさまに俺のこと警戒してるんだぜ?授業中とか笑えるくらい睨みつけてくんの」
「…………」
「かわいいねえ。ところでさ、今度の金曜から泊りがけで出かけたいんだけどさ、授業が終わったら車出してくれないか?」
駅まででいいから、という赤星に首をかしげた。
「電車ですか?珍しいですね」
「実家に用があってさ。沖縄なんだよ。もしかしたら月曜も休むかも知れない」
「別にかまいませんけど……なんかあったんですか?」
アリスが心配そうに眉をしかめたのを見て、赤星は違う違う、と手を振った。
「いや、そんな大事じゃないんだけどさ。妹が結婚するらしいんだけど、それに親父が反対しててさ。ま、仲裁役だよ」
なるほど。わざわざ呼び戻すということは余程もめているのだろう。
「わかりました、ええですよ」
「サンキュ。悪いな。土産買ってくるから」
片手で拝むような仕草をしながら赤星は部屋に戻っていった。
「赤星、なんだって?」
「ん?週末に出かけるから駅まで送ってくれって」
「ふうん……」
火村はベッドに寝転んだまま煙草を吸っている。
「こら、寝煙草は止めろって言うたやろ」
最近ではもう火村の煙草を注意することも殆どなくなったけれど、寝煙草だけは未だに絶対に止めさせている。
煙草を取り上げようとしたアリスの腕を、火村がグイっと引っ張った。上半身だけ起こした火村の身体の上に、アリスが倒れこむ。
「なあ、今日こっちで寝ちゃだめか?」
「なんで?学生寮なんかすぐそこやんか」
首を傾けたアリスに、火村が「ああもうっ」と言いながら頭をかいた。
「もう遅いで?帰り。ええ子やから」
アリスは火村の指から煙草を抜き取って灰皿でもみ消した。
「それって天然?それとも拒否ってんの?」
「何が?さっきから訳わからんで?」
がっくりと肩を落として、火村はベッドから降りるとベランダに向かった。
「帰るんか?」
「良い子のアリスちゃんにはまだちょっと早いみたいだから、今日のところは帰ります。おやすみなさい」
わざとゆっくりと頭を下げてから、火村はぶらぶらと学生寮に戻っていった。
「…………早い?……へんなやつ……」
学生寮の門限はとっくに過ぎているけれど、まだ寝静まるような時間ではない。火村は裏手に回って部屋の窓を叩いた。
「火村さん」
「悪いな、有難う」
「今日は早いですね」
中から森下が窓を開けてくれた。
火村がアリスの部屋に行っていて門限が過ぎてしまった日は、いつもこうやって森下と片桐の部屋の窓から寮に戻っている。最近は門限が過ぎることが殆どで、時には森下たちが寝てしまっていることもある。それでも窓を叩けば起きてくれるのだからありがたい。
「片桐は?」
「風呂です」
「あっそう。じゃあこれ渡しといてくれ」
手渡したのはアリスから借りてきた本。
ミステリ好きの片桐は、アリスから時々本を借りている。ミステリをあまり読まない火村は良くわからないが、アリスの蔵書はかなり珍しいミステリの絶版本などもあるらしい。アリスの部屋に片桐を入れたくない火村が、それとなく受け渡しを買って出たのだ。
火村は森下たちの部屋を出ると、すばやく階段を上がって3階の自分の部屋に戻る。特進クラスの生徒は個室を与えられる。火村はそれを知ったとき、頭がよくてよかったと思ったとか何とか……
アリスの部屋に負けず劣らず本ばかりの部屋に戻って、シャワーを浴びベッドに横になる。
「あ~……ったく、全然わかってねえんだもんな」
火村は人と馴れ合うタイプの人間ではないのだ。特に孤立しているわけでもないけれど、特に親しい友人を作ることもないまま過ごしてきた。その自分があれだけいつもアリスの側にいるのだから気がついてもよさそうなものだけれど。
事実、生徒たちは大抵気がついているんだ。学内で噂になっていたのも赤星から火村へと相手が変わっている。赤星だって気づいているし(だからこそ時折アリスの部屋の様子を見に来るのだろう。万が一にもおかしなことにならないようにと)結構あからさまな言葉を言ったりしているのに、どうしてああも鈍感でいられるんだろう。
「一種の才能だよな……」
毎日部屋に戻る度、虚しさが押し寄せてくるけれど、それでもきっと明日もアリスの部屋に行くのだろう。
火村はもともと表情が表に出難い。生徒たちは今までの火村を知っているから、アリスに懐いている火村を見て察することも出来るけれど、出会ったときから懐かれているアリスにしてみれば、単なる人懐こい生徒なのだ。それに火村のいう「あからさまな言葉」は往々にして「単なる口の悪い冗談・もしくは赤星を真似たセクハラ」にしか聞こえないのだろう。今日のあれだって、きっとそんな風に思っているんだ。
何よりも、今まで言い寄られたことはあっても言い寄ったことはない火村は、かなりアプローチが下手だったりするのだ。そして火村はそのことに気づいていない……
火村がベッドでぶすくれていると、誰かが部屋をノックした。
「おう、開いてるぞ」
「こんばんは、ヒム。今日はお早いお帰りですね」
ひょっこりと顔を出したのはイギリス生まれイギリス育ちの友人。火村の1年の頃のルームメイトだ。2年生になって特進クラスになり、一人部屋になってからは別室になったけれど、火村が親しくしている数少ない友人の一人だ。
「なんだ、ジョージか。なんの用だ?」
「なんだとはご挨拶ですねえ。ご機嫌ナナメですね?愛しのアリス先生に冷たくされましたか?」
ジョージの軽口に、ふん、と答えてから火村は再びベッドに寝転がる。
「おや、図星ですか?」
「別に冷たくなんてされてない」
「ふうん……まあアリス先生は色恋沙汰には鈍感そうですもんね」
色恋沙汰、なんて日本語何処で覚えてくるんだか。
「でもヒムもいけません。遠まわしな言い方や意地の悪い言い方をしても振り向いてはもらえませんよ」
「…………」
むっつりとしながらもジョージの言うことをさえぎらないのは、火村もこのままじゃアリスはいつまでたっても火村の想いに気付かなそうだと思い始めているから。
「アリス先生みたいなタイプには、アメとムチですよ」
火村が口を挟まないのをいいことに、ジョージは椅子に座って嬉しそうに話し出す。まさか、火村に恋愛講義をするチャンスが来るなんて思ってもみなかったから楽しくて仕方がない。
「無理強いはいけないけれどたまには強気で行かなくちゃ。押して、押して、それでグラついたところに優しい愛の言葉を告げればいい」
「愛の言葉だぁ?ジョージ、ここはイギリスじゃないんだぜ?」
冗談じゃない、という顔をした火村に、ジョージは立てた人差し指をチッチッチッと左右に振った。
「国は関係ありませんよ。愛の心理は万国共通ですね。特に彼は、国語の教師です。言葉には敏感です」
なんだか、悪徳セールスに勧誘されてる気分だ。そりゃあジョージみたいな金髪碧眼のハンサムに囁かれれば、女だったらうっとりしちまうかも知れないけどさ。自分が不細工だとは思っちゃいないが、自分の顔と性格に甘い愛の言葉が似合うと思うほどオメデタイ頭もしてないつもりだ。
「ああ、もういいよ。俺は俺のやり方でやるから。もう部屋に戻れよ」
手をひらひらと振った火村に、ジョージが肩をすくめた。
「のんびりしたこと言っていると、誰かに取られてしまいますよ」
聞き捨てならない言葉にチラリと視線を向ける。
「誰に取られるって?」
「さあ?…………たとえば、赤星先生とか。アリス先生がまだ英都の学生だった頃から赤星先生は随分とアリス先生を気に入っていたそうですよ」
「…………」
黙ってしまった火村に、ジョージが止めを刺す。
「それにね、噂ですが、アリス先生が前の学校を辞める原因、生徒がストーカー紛いのことをしたかららしいですよ。ま、これは女子生徒だって話ですけどね」
それは、聞いていない。
確かに、見た目に迫力がないために初めはちょっと馬鹿にされていたアリスだけれど、実を言うと最近は結構生徒たちに人気がある。
雑学の知識が多いせいもあり、授業が面白い。特進クラスでも舐められてはいるけれど、どっちかというと「かわいいから苛めたい」的なからかいが殆どで、アリスが気に入らないから苛めるということはないようだ。火村が耳にする限りではアリスに対する他のクラスの生徒の評価はおおむね良好。
前の学校を事情があって辞めたとは言っていたけれどどんな事情なのかは聞かなかった。アリスのことだから、きっと女子生徒には優しいだろうし、その優しさを誤解した女子生徒がストーカー行為を働いたということはあり得る。
「基本的にアリス先生はノーマルなんでしょう?」
「だと、思うけど」
「そういう話しないのですか?」
「…………しない」
アリスは教室では教師と生徒という態度を崩さないようにしているが(成功しているとは言いがたいけれど)アリスの部屋に火村がいるときは、たまに小言を言うくらいで教師ぶることはない。ずっと前からの友人のように、テレビを見ながら暴言も吐くし、我侭も言うし、火村と普通に口喧嘩もする。
だけど、そういえば恋愛の話……たとえば好きな女のタイプとか、昔の女の話とかそういう話はしたことがない。
「まあ、無茶してレイプなんて真似にだけは発展しないようにね」
さらりとすごいことを言って、ジョージは部屋から出て行った。
翌日、アリスは授業を終えて生徒たちと一緒に階段を下りていた。
「センセ~、夏休みってどないすんの~?」
「旅行とか行かへんの?」
「ん~……まだ決めてへんなあ」
「出足遅いで、先生。ぼんやりしてはるからなあ」
「俺ら海行くねん。一緒に行こかぁ?」
「海か~。そういや大学の時以来行ってへんなあ」
生徒の一人が、ふとペコリと頭を下げた。なんだろう、と思って目を向けると火村が下から上がってくるところだった。
「あ、先輩……こんにちは」
「おう」
火村はひょい、と片手を上げて応えてチラリとアリスに目を向け、それから通り過ぎた。
「……ふうん、火村と知り合いなんか?」
「え?違うで。でも火村先輩のこと知らへんやつなんかこの学校におらへんもん」
「そうなん?」
「特進クラスでずっとトップやろ。それに3年になってすぐ止めてもうたけど、2年のときボクシング部でインターハイ出てんねんで」
「え?そうなん?」
「女の子にもモテるし。最近は学校が他校生の出入りに厳しくなったから減ったけど、前はよう学校に忍び込んで手紙渡そうとする子おったもんな」
「先輩寮生やから校門で待っとっても来えへんしな」
「ふうん……」
そういえば、時々学食で一緒になる森下や片桐も、火村信奉者という感じだった。友だち同士で騒いでいるところはあまり見たことがないけれど、孤立をしているわけではないらしい。最近ずっと自分の部屋に入り浸っている火村に、もしかして寮生と巧くいっていないのかな、と少し心配していたのだけれど、これなら心配は要らないようだ。アリスは小さく笑みを浮かべた。
その夜、いつものようにアリスの部屋に来た火村は、いつもよりもご機嫌なアリスに首をかしげた。
「どうしたんだ?」
「ん~……別に。なあなあ、火村って女の子にモテるんやって?」
「は?」
「フフフ、聞いたで。手紙とか良くもらってるらしいやん?それに下級生にも人気あるんやて?」
ニコニコとそう言うアリスを、火村が不機嫌そうに見返した。
「別にそんなことない」
なんで、俺がモテるのをお前が喜ぶんだ?
嫉妬もしてもらえないことに、少しはアリスの「特別」になれたんじゃないかな、なんて思っていた火村の期待は崩れ去った。
「ええなあ、若者らしいなあ。俺なんて高校時代女の子と話す機会なんて滅多なかったで。ええなあ」
「女と話したいのか?」
「ん?いやぁ」
なぜか照れたように頭を掻いたアリスを見て、火村が唇の端をひょい、と引き上げた。
「アリス」
「ん?」
ちょいちょい、と手招きされて、アリスは膝立ちでずりずりと火村の側にやってきた。
ベッドに座っていた火村は、アリスの腕をつかんで引き上げると、いきなり押し倒し、ベッドに縫いつけた。そのまま口付けてきた火村にアリスの目が丸くなる。
「な、なにしてんの……」
「まさか、初めてじゃないよな?」
「あたりまえやろ……俺いくつやと思うとるの」
にんまりと笑った火村が起き上がろうとしたアリスを再びベッドに戻す。
「だよな?じゃあこっちも経験あるだろ?」
火村がアリスのハーフパンツの上からアリスのモノを撫でる。
「ちょ、ちょっと……」
キスぐらいなら学生だけど男の子だからまあギリギリ冗談で済むけれど、流石にこれはまずい。
「こらっ!悪ふざけはええ加減にせぇ。怒るで」
「アリスここにきてから外泊してねえだろう?女を連れ込んでるようにも見えないし、たまってんじゃねえのか?」
引き剥がそうとするアリスの手を逆に握り返してアリスの手ごとモノ押さえつけた。
「それともさ、自分でしてんの?」
「火村ッ」
ずっと年下の生徒にこんなセクハラされるとは思わなかった。こんなこと、赤星にも言われたことない。
「あほなこと言うてんなっ。そりゃな、君ぐらいの年やったらそういう猥談したいんやろうけどなっ、そういうことは友だちとせい!」
アリスだって、学生時代男友達とそういう話で盛り上がったことがあるし、わからないでもないけれど。
呆れたような、怒ったような微妙な口調でそう言ったアリスを無視して、火村はアリスのハーフパンツの中に手を入れてきた。
「火……火村ッ!ちょっと、ホンマ止めッ。こ、こらっ・・あっんっ……」
直に触れられて思わず声が漏れてしまった。
火村が言ったように確かに寮に入ってからというもの女性と話す機会すら殆どなかったし、最近は自分でもしていなかった。もともとそれほど自分ですることもなかったので気にしていなかったのだけれど、言われて触られると「そういえば」的に思い出してしまう。
「大丈夫、最後まではしないから」
「あっ……あっ・・んんっ……」
人に触られるなんて、そういえばどれくらいぶりだろう?しかも、高校生の癖に火村は妙に巧かった。
「アリス……」
べろりと耳を舐められて、アリスが火村にしがみついた。
「あんっ…………やだっ……火村ッ……」
「ほら、アリス……いいよ、出しても」
「やっ、んっ……んっ……ああっ……」
ビクビクと痙攣した後で、アリスはゆっくりと弛緩した。火村の肩口に顔を埋めたままのアリスの髪を、汚れていない方の手で火村が撫でた。
「怒ってるのか?」
「…………当たり前や。馬鹿にしおってからに」
「馬鹿になんてしてない」
「じゃあ、なんでこんなこと、すんのや……」
切れ切れの息で、アリスが呻く。
「……気持ちよくなかったか?」
「…………」
「いいじゃないか、別に。初めてしたわけじゃないだろ。自分でするより気持ちいいから、手伝ってやっただけだ」
ケロッとそういう火村に、アリスは何か言いたげに口を開いたけれど、結局何も言わずに目を伏せた。
アリスが学生の頃は、こんなことを友だちとするなんて考えられなかったけれど、最近の子は違うんだろうか?時代が違う?でも、だったら溜まったときに女の子とすればいいのかといえばそんなことは絶対にない。男子校で、寮生活をしているとそんな風になってまうんやろか?
ぐるぐるといろんなことが頭をめぐる。
そんなことを考えている間に火村はベッドを出てトイレに行ってしまった。アリスは枕に顔を押し付ける。
「むう、最近の子は……あんなん普通にしてるんやろか……」
火村はベッドでゴロゴロしていることが結構多いので、アリスのベッドの枕は火村の匂い(キャメルの匂いとも言うけれど)がする。
ガチャリと音がして、トイレのドアが開いた。出てきた火村は無表情のままで、何を考えているのか良くわからない。
「もう戻るよ。おやすみ」
「う、うん……おやすみ」
寮に戻っていく火村をアリス微妙な表情で見送った。
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